自信を持って生きるには?

今回は、「いさどん人生読本(仮題)」第2弾の質問、
「どうやったら、自信を持って
生きていけるようになりますか?」に、
いさどんが答えます。
生原稿をどうぞお楽しみください!
皆さんからの感想もお待ちしておりますね。

「どうやったら、
自信をもって生きていけるようになりますか?」
ということは、
未来に不安のある人の質問である。
いつも何か自分の将来が約束されている、
というような安心を持っていたい人の質問。

この質問を受けると、
こちらに「自信をもって生きていく」という
概念がないから、
どうやって答えたらいいのだろうとまず考える。

未来に対して信頼や自信を持つ必要がある人というのは、
心の病気を持つ人、
病気まで至らなくても、
心が落ち込んで日々の生活が十分に歩めない人。
そういう人に、
「大丈夫だからね、行ってごらん」というように、
ある程度の自信を持たせることは必要である。
けれど、それだって最終的には、
これで大丈夫という人生の保証はできない。

この「自信」という文字は、
自分を信ずるということ。
でも、自分を信ずるという心に対して、
信心の心というのは、自分ではなく、
自分では捉えられないもの、
運命やこの世界の仕組みを信じるということ。

例えば、全く信仰心がない人でも、
本当に困った時には
「神様!」と言ってしまうことがあるように、
誰の中にも、
自分以外のものが自分を存在させていたり、
究極の窮地に陥った時に自分を救ってくれる、
そういうことを信じたいという心がある。
それを信じているか信じていないかは別にしても。

自分が強くある人には、
自分自身の考え方、やり方で
未来を生きていこうとする。
自分の描いた未来に対して、
思うようにならない現実が自分に来た時に、
思うようにしたいという心が働き、
いつも来る未来が
自分の思うようになっていくことで安心とする。
すべて自分の思うように未来が来ることによって、
自分自身を信じられるのだから、
それが自分を信ずるという自信になる。

けれど、この自信というものが、
自分の思うように未来が来るところから
生まれるということをよく検証してみると、
やはり事が成る時には、自分の努力や、
すべてそれにふさわしいことを
自分が行った結果で成ると捉える。
しかし、
努力で全部結果が成るのかというと、
それだけで、この世界は成り立っているわけではない。
流れとか、運命、縁とか、
そういったものが織り重なって、
未来が自分の所へ訪れてくる。

この世界は鏡であるということ。
自分がこの世界の出来事と出会う時に、
自分の中に種を持っていて、その種を播く。
種というのは、想いである。
想いがこの世界をつくっている。
想いに基づいて、人は行動する。
その行動に基づいて、想いがうまれる。
さらに行動する。

自分はこの世界を鏡として、
自分自身を見ている。
だから、決して、この世界で起きることを、
自分以外のものから来て、
自分がそれを他人のせいにしてはいけないという結論にいく。

神社に行って神様の所に会いにいくと、
そこには鏡があって自分を見なければならない。
御神体が鏡ということは、
この世界全体が私たちにとって
鏡として与えられているということ。
だから、忠実に自分を見れば、
鏡としてこの世界を神様から与えられている。

自信というのは、
そういった自分を取り巻くすべてのもの、
この世界の仕組みを理解して、
それがマスターできた時に、
ああいうふうになってほしい、
こういうふうになってほしいという心ではなくて、
人生をいただく心から生まれるもの。
いただくということは、
常に新しいものを自分の中に取り入れるのだから、
自分を壊して枠を広げていく。
自分を壊して新しいものを取り入れる、
それこそが成長である。
そうすると、その仕組みがわかれば、
未来から来るものに悪いものはなく、
ただ安心して、
自信を持って生きられるようになる。

しかし、明らかにこの質問をしている人は、
自分に都合のいいような未来が起きて、
それでもって
自信を持って生きていけるコツを聞いている。
だけど、そんなコツはない。
自分の思うようにではなくて、
自分が発したものが
どういうふうに返ってくるのかという仕組みを知って、
自分がそれをコントロールできるということ。
だから、自分がこういった癖や種を播いたから、
こういうふうに返ってくるという仕組みがわかると、
コントロールして種を播かないようになる。

その仕組みがわかると、未来に対して、
「この種を播くと、どういう答えをもらうんだろう」と
その答えを自分が見てみたいという希望が湧いてくる。
そういった希望や仕組みを理解することによって安心する。
仕組みがわかることによって、
未来の答えがある程度想定できると、
自己コントロールできるから、自信が湧いてくる。

この場合、自信という言葉にあるような、
自分に都合のいいように信ずる、
ということではなくて、
何でもいただいていく想いになった時に、
強い自分、非常にたくましい自分がいて、
その自分を信じられる。

自分に都合のいい答えが返ってくることを期待しながら、
そういう上で自信を持っていくという
安心の場所をもらった人の自信ではなく、
何であってもしっかりと受け取って、
それを自分の学びにしていくという自分を持った時に、
強い自分を持つ安心からくる自信、
それで安定した人生を送ることができる。

私たちは、日々生きていると
いろいろなことに出会います。
その出会いは、
どんな仕組みで起きてくるのでしょうか。
多くの人が、
出来事は偶然起きているように思っています。
また、人によっては、問題事に出会うと、
その出来事と一緒に出会った人のせいにしたり、
運が悪かったと考えてしまう人もいます。
しかし、そういった物事の捉え方は、
自己中心的で偏ったものの見方からくるものです。


「自信を持って生きるには?」への2件のフィードバック

  1. 自分の前に現れるネガティブと思われる事は、自分の中にしっかりとある物の反映。
    そう思いつつも、”そんな!”と否定したい、もっとネガティブな自分を引き寄せてる時があります。
    でも、それに気付けた時の自分は素直に”よかったね!”と褒めてあげられる自分もいます。
    どっちも自分。
    日々、楽しく生きられるってうれしい。けれど、気づきもないように思う。
    悪い事も、いいこともない。
    必要なものだけが自分の
    鏡に映し出されているんだなと、やっとこの頃思えるようになっている。
    そんな時のブログは、神様からのプレゼントです。
    ”よかったんだ~!”  今、心が体が喜んでいます。

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