富は心に積んでいく

今回は、「世の中に対して訴えたいこと」を
大人会議でシェアした際のいさどんや皆のコメントを紹介します。

いさどん:
僕のブログを読んでいる人から、
「私はいさどんの心を理解しているからいいのですが、
いさどんのことを知らない人がブログを読むと
誤解する人がいるんじゃないか、という懸念を持っています」
というメールがありました。

そこも狙いです。
人は自分の観える範囲を良しとし、
自分の理解できるところだけを受け取ろうとします。
だから、僕の中の真実を
人によっては拒否したり理解できなかったとしても、
その人たちが先へ行くきっかけになるだろうと思っています。
無理解があったとしても、
僕は正直であることが一番大事な役割だと思っています。
何人がそれを肯定的に受け取り、
何人がそれを批判的に観るのかは大事ではありません。
僕のような人間がいてそういうことを伝えていく、
ということが大切だと思っています。
胸を張って、堂々と正直を言い切れる
生き方をしたいと思います。

いさおちゃん:
聖書の中にも、
このブログと似たようなことが書いてあります。
「あなたがたは地上に富を積んではならない。
そこでは虫が食ったりさびついたりするし、
また盗人が忍び込んで盗み出したりする。
富は天に積みなさい。
そこは虫が食うこともさびつくこともなく、
また盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。
あなたの富のあるところにあなたの心もあるのだ。」

ちなっぴ:
この文章を聞きながら自分の人生を振り返っていて、
ここに来る前いさどんに
同じことを教えてもらったなと思っていました。
私は自分のことを成功者だとは全く思っていないのだけれど、
いつも自分の想い以上のことが起こるのはなぜか、
いさどんに聞いたことがありました。

その時いさどんは、
「人には徳というものがあるんだよ。
だけど徳はね、使っていくだけではなくなるんだよ。
人生は徳を積んでいくことが大事なんだよ」
と話してくれました。

私は、「そうか、徳を積むことが大切なのか」と思い、
いさどんと一緒に16年前にここに来て、
これからの人生は人のために生きようと思いました。
これから出会っていく人たちにも、
機会があったらこのことを話していきたいと思っています。

ちーちゃん:
昔からいさどんを見てきて、
本当に成功者だなと思っています。
ずっと一途にこの想いを貫いて、
ぶれないところはすごいなと思っています。

かとけん(2か月の農業体験滞在中。農業の教員を目指す23歳):
これからは心の時代なんだなって。
心が大切になってくる時代なんだと感じました。

いさおちゃん:
聖書からの引用をまた読みたいと思います。
「だれも、二人の主人に仕えることはできない。
一方を憎んで他方を愛するか、
一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。
あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。

だから、言っておく。
自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、
また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。
命は食べ物よりも大切であり、
体は衣服よりも大切ではないか。

空の鳥をよく見なさい。
種も蒔かず、刈り入れもせず、
倉に納めもしない。
だが、あなたがたの天の父は
鳥を養ってくださる。
あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。
あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、
寿命をわずかでも延ばすことができようか。
なぜ、衣服のことで思い悩むのか。
野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。
働きもせず、紡ぎもしない。

しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、
この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日は生えていて、
明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、
神はこのように装ってくださる。
まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、
信仰の薄い者たちよ。

だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』
『何を着ようか』と言って、思い悩むな。
それはみな、異邦人が切に求めているものだ。
あなたがたの天の父は、
これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
だから、明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。」

いさどん:
このブログは、
競争社会の中で勝ち組と言われる人たちに向けたものでしたが、
社会の中で勝ち組と見られているような人でも
行き詰っているのが今の社会です。
多分、こういう競争社会の中で、
勝ち組の人は一人もいないんじゃないかと思います。
得られれば得られるほど、
それを維持することやさらに得ようとして
自分が縛られていくのですから。

しかし、そこから解放されることによって、
初めて人は自由になっていくのです。

そのためには、
ここのような相互扶助の生活をすることが大切です。
一人で農業をしている人も
村づくりをしたらいいのにとも思いますが、
想ったとしてもこういった村づくりは
誰もができるものではありません。
だから、皆が気楽に参加できる村が
あちらこちらにできていったらいいと思っています。

そういう志ある人がこういった村に参加して、
そこで自分の志や能力を活かしていく。
そういう仕組みができていったらいいと思います。


「富は心に積んでいく」への3件のフィードバック

  1. おはよーございます!
    最近田舎での馬との暮らしが馴染んで、すっかり早寝早起きも板につき、もうおじいちゃんみたいな日々を過ごすBLOG初コメントの僕です。

    最近物事に取り組む時に自分の執着や正直を試されるようなことが多々あり、
    揺れそうになるときに、このBLOGといいSOPMといい、
    いつも絶妙なタイミングで「いかんいかんもっと手放して委ねなくては!」と
    僕に響くメッセージありがとうございます。

    島根に来てもうすぐ二ヶ月ですが、今年はそれほど寒くもなく、言葉をもたない命(馬)との関わりを通して沢山学びを頂いています。

    島根の田舎はとても良いところで面白い活動をしている人の情報もたくさんあって、自分の足をつかってどんどんその人たちと繋がっていこう思っています。
    ばんばん木の花のことを紹介して、そのうち島根からツアーでいったりして。。

    なんかあんまり以前はエコビレッジとかコミュニティを作ろうなんて、自分にはめっそうもないとか思っていましたが、最近ぼんやり「すぐにでなくてもいつか作りたいなぁ」と思えるようになってきました。
    こっちにきて地域の切実な過疎なんかをまのあたりにしていると、無意識的な時代のニーズもあると実感しているせいかもしれません。

    そしてまだ木の花の「相互扶助や調和の生活」の重要性に気付いていない地域や人と向き合うときに、迷いや曇りがあるとトラブルになるからこそ「胸を張って、堂々と正直を言い切れる生き方」って大事なんだなって思いました。

    心強い仲間ができてくると自分にもやれるんじゃないかなって気がします。
    きっと神様が見守ってくださってるから大丈夫なんでしょうね。
    まだまだ未熟者ですが、少しずつでも徳を積み重ねながら一歩ずつ前に進んでいこうと思います。

  2. >だから、皆が気楽に参加できる村が
    >あちらこちらにできていったらいいと思っています。

    本当にその通り。
    そして緩やかに繋がりましよう。

  3. こんにちは。初コメントです。

    なかのんに個人メールでちょこっと書いたことを、大人会議でも取り上げてもらったんですね~ 

    木の花のお一人おひとりの誠実さがよく伝わってきます。ありがとう!

    木の花の生き方・生活はぶれることが限りなく少ないこと、それは信じています。

    「正直を言い切れる」生き方を日々実践していると思います。

    誤解は、どんなに誠意や説明をつくしても生まれることは理解しています。

    一方、わたしが伝えたかった、「少々ドキドキ」の背後にあるもの(核心)は 何だろう? 

    それは、言行一致に限りなく近い木の花の生活を、より多くの人たちに体験してほしいなぁ、ということ。

    それが、今、わたしの最も伝えたいことです。

     他のことは枝葉なんですが・・・

    敢えて枝葉の一例をあげると

    いさどんのことを「主治医」と呼ぶのはどうなんだろう?

     
    いさどんがユーモアた~っぷりに、あえて使っているのだろうな~と思いつつも・・・

    ぜひ、何らか採りあげてもらえたら嬉しいです。

    (全然急ぎませんよ~)

    追伸:こちらは、日々の生活でゆ~っくり楽しく「断捨離」をすすめています。

    手放すことの豊かさを じんわり味わっています。

    つながりに感謝をこめて。

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