月や星、太陽に話しかけたらPARTⅡ

先日の大人会議では、
月や星、太陽に語りかけたら」のブログを
みんなでシェアしました。
今回はその時の様子を紹介します。

なかのん:
僕がまだここのメンバーになる前に
ゲストで来ていた頃、
いさどんが僕にこんな話をしてくれました。
それは「実現しないことに感謝する」という話です。
願いが叶うと、願い通りの狭い世界に入り、
どんどん狭くなっていってしまう。
でも、願いが叶わないことによって、
自分の願い通りではなく、
与えられたことに眼が向いていく
ということを話してくれたんですよね。
このブログを読んで、
そんなことを思い出していました。

あと、自分に湧き出る想いや感情というのは、
始めは全て神様から与えられたものなんだな
と最近思っています。
そこに自分のこだわりや捉われが加わっていくと、
自分だけの考えになっていってしまうのだと考えています。
始めの神聖なものだけ
持っていられたらいいのかなと思ったりもします。

たっちゃん:
「自分で考えると狭い世界に
自分を閉じ込めてしまいます」というのは、
まさにそうだなと思います。
とかく自分で考えてしまうなと思っています。
だからこそ限界があるなと思っているんですけれど、
僕自身もっと大きなものに委ねていくということを意識して、
かつ考えることは徹底的に考えていく。
使えるものは使って、委ねていく。
そういうことをやっていこうかなと
このブログを読んで思いました。

いさどん:
最近ここを訪れる人の中に、
「ここを科学的に分析して
みんなにわかるようにしないといけない。
そうしないと世の中に伝わらない」
とおっしゃる人もいるのですが、
僕は相変わらず神様の話ばかりしている(笑)

昨日ここを訪れた人の中にも、
「神様って聞くだけでだめなんです。
光って言ったらなおさらですよ」
と言っていた人もいました。
しかし、私たちは納得いかないところで
生かされているんです。
どんなに自分が納得したいと思っても、
実はわけがわからない世界に生かされている。

そして、わけがわかった時には、
もう言葉では表現できないような世界にいるってことです。
これは先の先の話なんです。
だから、どんなに伝わらないと言われても、
やはりこれは語り続けないといけないなと思っています。

こちらからは神様を通して観ていて、
向こうからは科学的分析で観ているだけのことであって、
その真ん中には真実があるのだから。

みかちゃん:
私たちがこういった精神性を
世間に向けて発信し始めたのは
つい最近のことで、
ちょっと前までここは「木の花農園」だったんだよね。
ここは農園です、あやしい所ではありませんって
世間にとってわかりやすい形でやってきた。
それが今や、
ブログでこういった話をどんどん発信していく時代になってきた。

でこちゃん:
「自分で考えるのをやめにしました」という所がいいね。
私もこれ以上世界を狭くしたくないので、
自分で考えるのをやめにします(笑)

みかちゃん:
歌います!
皆がコンサートで毎回聞いている歌です。

♪むかし むかし♪

むかし むかし 人と自然に 
境はなくて 友として支え合っていた
むかし むかし 人とけものに 
境はなくて 友として尊敬し合っていた

いつの頃からか 私たちが
心通わなくなってしまったのは
いのちを小さな小さな箱に
閉じ込めてしまったのは

私は確かに 空であり 星であり 月であり
太陽であり 雲であり 雨であり 土であり
木々であり けものであったのに

いのち脈々と 空と地を自由に
かけめぐってた かつての日々へ
私たちは 又還ってゆく
心で全ての いのちたちと自由に
話していた かつての日々へ
私たちは 又 還ってゆく

カトケン(2ヶ月の農業体験滞在中):
いさどんのブログとみかちゃんの歌で
この場がすごくいい空間になったなと感じました。
僕も、「自分の考えを置いて
出会うことを優先にして生きようとした時に、
この自由な世界と広い世界が観えてきました」
という文章に本当に共感できるなと思いました。

僕はここに来る前から
学校の先生になりたいという
目標を持っていたんですけれど、
やっぱりそういう目標や自分のやりたいことを持っていると、
どんなにエネルギーをかけても
なかなか思うように進んでいけなくなるという感覚がありました。

でも、木の花ファミリーに来てからは、
カーリングのストーンのように
少ないエネルギーで良い方向に進んでいき、
さらにそれを手伝ってくれる人たちが沢山いる。
今まで体験したことがないくらい自分が軽くて、
どんどん良い方向に進んでいくのを感じています。

いさどん:
やはり、こういった文章を裏付る
ここの生活があるからこそ、
人の心に響くものがあるんだろうな
ということを改めて思いました。


「月や星、太陽に話しかけたらPARTⅡ」への2件のフィードバック

  1. この間、木の花でザ・フナイに連載する予定というので、試しに1月号を読んでみたら、僕の大好きな副島隆彦先生が

    科学も宗教の一種である~アインシュタイン物理学という世界宗教

    という文章を書いていたよ。

    宗教と科学をなぜ分けたのか?どちらも人間の脳の産物であることに変わりはないのに。私はずっとこのことを何十年も考えている。

    だってさ。連載は続いているので結論まではいってないけど、結局はいさどんのいうように、真ん中の真実を反対側から眺めて、ああだこうだと云っているだけなんだろうね。

    人間っておもしろいね。

  2. 月や星、太陽に語りかけたら 、の最初の記事を読ませて頂いて、幸せで涙があふれました。
    届けられるメッセージと豊かな優しさが包んでくれました。

    私も、神や光とか言われても、根拠もなく、とても怪しくて、受け付けない人でした。
    それも次へのステップだったと思います。

    自分を空っぽにして、月や空や光と共に居る、対話していく、その中で生きていく。
    そんな美しい世界の中に私はもともといるのだけれど、すっかり、自分のトラウマや欲で
    怖れでいっぱいになってしまい、何も見えなくなっていたようです。
    でも結局、自分だけの願いやかなえたいことに、必死に願っても、
    自身が擦り減っていき、周りをも乱すばかりでした。

    すべてを開け放して対話していくことって本当に満ち足りたすでに幸せな世界なのですね。

    自分を横に置いておくことは、本当、欲が重い私には、すぐ神をないがしろにしてしまいます。

    偶像とかではない、真に神と共に生きる木の花さんの姿を伝えてくださることが、静かに、
    私に語りかけてくださるような気がいつもしています。

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