「心磨きって何ですか?」

先日、渋谷にて木の花ファミリーのドキュメンタリー映画『確固たる居場所』が上映されました。上映後、監督の澤則雄さんといさどんによる対談があり、澤さんから「いさどん、心磨きって何ですか?」という質問を投げかけられたいさどんは、次のように答えました。

質問に答えるいさどん。会場も集中しています。
澤さん(左)の質問に答えるいさどん。会場も集中しています。

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いさどん:
心を磨かなくても別にいいのですが(笑)、生きているということは、自分の想いが行動になって、それが対象のものや出来事に反映して返ってくるものです。
ですから、神社にはご神体の鏡がありますよね。そこで何をするのかというと、鏡の前では自分の姿が映るじゃないですか。それは自らを拝むことになります。それが「生きる」ということであり、「命」と書いて「みこと」と読み、「神」のことだと僕は理解しています。つまり、自分を拝み観ることです。

我々は生きていると常に自分らしく考えますよね。思考を巡らせて、それにふさわしく行動します。そして、それにふさわしく事が返ってきます。そのときに、自分が思いもしないことや嫌なことが返ってきたら、どうしますか?多くの人は相手のせいや世の中のせいにしますが、僕は今までずっと沢山の人の相談にのってきた結果、あることに気が付いたのです。
「これは因果応報であり、条件反射だ。自分が投げたボールが同じように返ってきているだけだ」と気付いたのです。

ですから、投げ方を変えればやさしく返ってきます。そのときに、「人生というのは自分にふさわしく事が起きるように創られている。それが心磨きだ」と気付いたのです。
つまり、「人生オール心磨き」ということです。

それは僕たちが心磨きをしているというよりも、心磨きをするために生きているということなのです。自分の中にある色々な問題ごとの種が、それにふさわしい現象となって自分の前に現われてくるならば、その現象を「これは自分自身が引き起こしたものなんだ」と潔く受け取ったときに、そこを卒業できるのです。そうすると、その現象はもう終わるというのがこの世界のカラクリなのです。


「「心磨きって何ですか?」」への1件のフィードバック

  1. 自分の中にある色々な問題ごとの種が、それにふさわしい現象となって自分に返ってくる。明快でわかりやすいですね!

    一方で、問題ごとというより自分の使命、役割を果たすために、いただくことというのもあると思います。ただその場合であっても、自分の限界に挑むことになるわけで、結局同じことなのかもしれませんね。

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