台風8号を通して 〜 天の気とつながって生きる

台風8号が接近していた一昨日(9日)の夜の大人ミーティングで、いさどんは次のように語りました。

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いさどん:
僕がいつも皆に語っていることは、僕の日常会話です。生きていることの意味を日々ここまで追求しているということで、日常想っていることをこのようにしてミーティングの場で皆に伝えているのです。

今日、NHKのクローズアップ現代で取り上げられていましたが、今、ミャンマーやベトナムの労働者を、自国では労働力が足りないからという理由で、日本と台湾と韓国が奪い合っているようです。そこで、アジアの人たちは昔は日本という先進国にあこがれがあったのですが、今は韓国や台湾のほうが労働条件が良いのでそちらに行く人のほうが多い、という話題を取り上げていました。

それが、今の社会の現状です。つまり、時代が変わってきたということです。その中で日本の経済的競争力は弱くなってきています。昔のように産業で日本が世界のリーダーシップをとったり、産業だけで豊かさを追求することは幻になってきているのです。逆に、台湾や韓国がそれをいつまでも続けていけるのかといったら、そうはならないでしょう。だから、時代は変わっていくということです。

今、日本に来ている台風8号には、今まで表示されなかった「特別警報」が沢山出ています。それは今まで出されていなかったことです。数十年に一度あるかないか、50年に一度あるかないかの状況になることで、その条件を満たすと特別警報が出されるのです。今日は新潟県にも特別警報が出されていました。台風の影響を受けて、日本海側から太平洋側に向けて雨雲がかかり、その地域に3時間に200mlの雨が降ったのです。佐渡のあるおじいさんは、「私はここに70年暮らしていますが、こんなことは初めてです」と言っていましたが、オリンピックの記録ではないのですから、そんな初めてが沢山あっても嬉しいことではありません。しかし今は、そういった時代なのです。

そういった状況を受けて、人間の性質や今までの営みを観て、なぜそうなったのかを振り返るような人たちは全く出てきません。それを振り返るためには、人の意識にアメノミナカヌシを立てないといけないのです。(詳細は、いさどんブログ「天然の意識で生きる」をご覧ください。)ここではそういったものを立てる場所を創ってきました。観えないものが観える為の生き方をしていますし、観える人たちが生活をしているのです。それは、毎日の生活を通しての深い自覚の中にある暮らしだと僕は捉えています。

台風は、自然からの私たち人間に対するメッセージです。人間がもたらす滞りは、全てメッセージとして私たちに返ってくるのです。生きることは、そこから何を受け取り学ぶかの連続だと思います。観えないものが観えてくるように日々を歩んでいくと、本来その歩んだ分にふさわしい気付きが与えられるようになります。ということは、しっかり観ていかないと、観えるものも観えないということにもなるのです。

そこで、どの方向に向かって歩むのか、が重要です。命をいただいて生きることは、物理的に肉体が命を紡いでいくこと ―― 食べて、呼吸して、24時間が経って1日が経過し、それを365日繰り返して1年歳をとり、さらにそれを80年繰り返すと寿命が来る ―― それでも人は生きられます。そういった人生も私たち生命には可能なのです。何の変化も成長も気付きもなくても、充実していようがいまいが、人は生きられるようになっているのです。それは植物でも動物でも同じことです。全ての生命は生きられますし、そのことで生命としての役割を果たすことはできます。

では、私たちはなぜこのような暮らしをしているのでしょうか。この暮らしは、今のところ大変マニアックな生き方です。それを、あえてそれぞれが自らの意志で選んで歩んでいるのです。その理由は、ひとりひとりが自覚しないといけません。それを理解することが、ひとりひとりが一本筋を通して生きるということです。

20、30年前の、少し前の時代であれば、このような暮らしをしている所は怪しい団体でした。しかし、21世紀に入って今の時代にやるからこそ、新しい時代を開く世の為人の為の暮らしだと僕は思っています。大本の出口なおに艮の金神がかかって120年が経ちました。そして、あの戦争があっても、時代は全く変わる気配が感じられませんでした。それでは、いつ立て替えの時代が来るのでしょうか。「いよいよ三千世界を立て直すぞ」と言って、いつのことを示しているのかといえば、今のことだと僕は直感しています。

その区切りとして、2012年12月21日に銀河の冬至を迎えたのだと思っています。それは、本当に今だと示しています。やっと、天理という名を持って世に道を説いた中山みき、それから大本の出口なおにかかった神の意志が、地上に現れてきます。その実体は、宇宙創造の神の意志なのですから、天理教や大本教の為の神ではないのです。それは、宗教を超えた、元の元の宇宙法則への目覚めなのです。しかし、今まで人々はそれを宗教にしてしまったので、真実に目覚めることができなかったのです。もっとも、カタカムナ的に言えば「トキ」が来ていなかったということなのでしょう。

しかし今、「トキ」は来ています。人類の未来にはすでに選択肢がないのですから。人間は愚かなので、選択肢がなくならないと目が覚めないのです。しかし、それでは価値がありません。

大人ミーティングより
大人ミーティングより

今、台風が近づいてきて、気圧が低くなっています。気圧が低いということは、ある意味鬱状態であり、体の調子も上がりません。反対に、高気圧のときには躁状態になります。天の気が低気圧のときは鬱状態ですから、外では雨が降っていますし、家の中(自分の心の内)で日頃やれなかったことを観るチャンスでもあります。それは、自らの内を振り返る機会なのです。だからこそ今、ここにいるひとりひとりが、なぜこういった暮らしをしているのかを観る機会にしたいものです。みんながその意味を自覚し、つながったときに、ひとりひとりの意志がネットワークして、コミュニティという命を創り、それを世の中に発信していくことができるのです。

かとけん:
僕は瞬間瞬間、天の意志が自分たちの頭の上に降りてきていると感じています。それを感じられる心であれば、日々が非常に充実したものになっていくのだと思っていて、それをみんなと共感し合って、広めていきたいという想いがあります。

いさどん:
今、かとけんが「天の意志」と言ったときに、僕が天に心を向けると、「私の意向がわかるか?」と意志が降りてきました。「私は皆とは目線が違うのだ。私は私の位置(天)から皆のことを観ておる。それは、皆に私のほうへ目を向けることを望んでおるのだ。しかし、皆の意志は横を向いているから、私のほうには意志が向いていない。私は皆のことをいつも観ている」ということでした。天は、全てに目を向けておられるわけですから、トキ・トコロに関係のない働きです。皆は自らという意志がある限り、全てを常に観られていることを理解できる存在なのですから、皆も生きることの全てを天に向けないといけないのです。

かとけん:
今日、トマトの芽かきをしていたときに思ったことは、トマトは普通真っ直ぐ上に伸びていくんですけど、木の花のトマトは斜め上45度に伸びていって、1本仕立てで育てています。その芽かきをしていたときにふと気づくと、斜め上45度に伸びていって、先端が少し細くなっているので、脇芽、つまり脇のエネルギーをとってあげて、真っ直ぐ進めるようにしてあげると、それこそが天の意志に向かうことだと観えてきたんです。どこにでも天の方へ向かう意志があるんだと感じて、観える景色がハッと変わる感覚がありました。日々の中でそういった感覚があると、すごく充実していて楽しいと感じました。

いさどん:
そうです。どんなことでも、天につなげられます。僕が日々皆に語る他愛のない話でも、全てのことが今のこの場につながってきたのです。それは、つなげるからつながることでもありますし、全てのことから「これは何を伝えられようとしているのか?」と捉えるからつなげられることでもあるのです。

生きることは「直会(なおらい)」ですから、私たち人間は天の意志に代わって地上を生きているのです。それは神が地上を生きていることだとすると、私たちは生きていることから何を求められているのでしょうか。私たちは神の代わりに地上に生きて、その結果を天にフィードバックしているのですから、常に天と情報交換をしているのです。

そのことを意識し、日々を生きることが、一本筋を通すことです。これは、長い間地上目線になってしまった人間に忘れられていました。やっと、それを取り戻す時代が来ています。今まで忘れられていたことを、天とつながり実現するときが来ているのです。

しかし、「それは全て人の意志でなるように道が創ってあるわけでないぞ」と天は言われます。それはトキとトコロとヒトが用意され、100匹目の猿現象のように目覚めたものがつながっていくと、つながっている者たちの輪が台風のように渦を巻き、下にいるわからない者たちを巻き込んで、わからない者たちの価値観を竜巻のように壊して創り直す作業をしていくことです。それは、1から10まで全てをやらないといけないのではありません。あるところまではやる、ということです。

では、今来ている台風を受けて、これから人間の思念の大きさを立証するために、皆でカタカムナを奏上し、今日のミーティングを終わりにしましょう。

(ここで、ミーティング終了の意識合わせとしてカタカムナのうたいを奏上。その後、再びいさどんが語り始めました。)

いさどん:
さきほど、今日カタカムナを奏上する目的について皆に伝えましたが、それはとても勘違いしやすい話ですので、皆が勘違いしないために次の話をしようと思います。

僕がお釈迦様と出会って9年後、お釈迦様との別れがありました。その後に日の本の神との縁をいただいて、最終的には「あってあるもの、なきてなきもの」の存在に出会いましたが、その途中の段階で、神様事で色々な場所を訪ねることがありました。そういった中で、天候が自由自在になる体験をしました。自由自在になるということは、「こうしてほしい、ああしてほしい」ということではなく、私たちの予定に合わせて天候が変わっていった、ということです。

ある時、台風が中国地方へ上陸するときに、僕たちは広島へ向かいながら傘を持っていかなかったことがあります。そして、広島で目的の場所(神社)へ行き、そこで夜中の丑三つ時に神事を行ったのですが、その神事の際には風も吹かず雨も降りませんでした。
不思議だったのは、そこら辺りに杉の枝や木の葉が散らばっていて、ついさっきまで天候が荒れていたはずなのに、僕たちがそこに到着したときには天候がおさまっていたことです。そこで神事が終わってバスに乗って出発すると、激しく雨が降り出してくるようなことがありました。つまり、僕たちの行動は、天の気に通じていたのです。当時はそのようなことは珍しくもなく、当たり前に思っていました。

ある時、僕の生まれの地である岐阜県にある瀧神社に皆で集まりました。そのときにも天候が変わって、「自分たちのやっていることは天候すら自由に変化できる」と有頂天になっていたことがありました。そこからが人間の間違いの始まりです。地上に生きている者の都合で天を想うようになると勘違いが起きて、間違いが始まります。そして、ご利益宗教のようになっていきます。当時、そのことに気付いたのです。

だから、天に、人間目線の都合を求めてはいけないのです。天気は、天の気であり、私たちは天の気をいただく立場なのです。
天の気と人の気が合っていないと、人間にとって都合の悪いことが起きます。しかし、その都合の悪いことすら、いただきものなのです。その都合の悪いことをいただくようになって初めて、天の意志を受け取って人は成長します。つまり、自らの気が勝っていて、人々は天の気を忘れていたのです。
天の気を忘れた人間は、天に心を向けることをせず、横の目線(人気取り)や下の目線(欲気)に心が向いてしまい、正しい人の道を踏み外します。ですから、自らの気を天に向け、天の気と合わせ、努めていくことが大切なのです。

今日この話をして、皆と一緒にカタカムナを奏上した目的は、この世界の構造を知るためです。だから、これから台風が起きるたびに、台風方向がそれるように、勢力が弱まるようにと願って、カタカムナを奏上していくのではありません。今まで人間は天の気の存在を忘れ、生きることを自分たちの都合のいいように変えてきたのです。今回は、僕たちの中で確認をするためにこういったことを行いましたが、これも正しく理解していないと、皆の中に御利益的な心が育っていく可能性があるので、それを訂正するためにこの話をしています。

その行為の結果、台風の勢力が弱まりしぼんでいっても、その意味をわからない人間が台風発生の意味に目覚めることはないでしょう。今の人間たちは地上の人間の理に汚染されて、振り返ることをしないのですから。
そうすると、目覚めのためには、一度全てが壊れてしまうくらいのことが必要なのです。私たちもその世界に共にいるものとして、何を求められているのでしょうか。それは、覚悟です。共に台風という禊を受けて、その禊を受けたことの意味を知る者として、生きていくことです。私たちはその意味を理解している者の覚悟を持って生きる者であります。

今回は、台風を沈めて、天の理があることを理解しましたが、それが理解できたら、それを次にどうつなげるのか、その覚悟はどう持つべきなのかの見本を示すことが大事です。だから、カタカムナの奏上は、災害を受けないためにやっているのではありません。これは、災害(人間の行いの結果受けるわざわいから学ぶ為の現象)を受けるときの覚悟を持つためにやっているのです。

人間はそこを勘違いしやすい。そこに大きな落とし穴があるのです。

天の気に対して、人の気で生きている人は、他人の顔色(人気取り)、つまり横ばかりを観ています。今の民主主義や世の中の仕組みも、天の気が降りていない、人の意向ばかりを反映した世界になっています。だから、矛盾が発生し、やっていることの筋が通らないのです。

だからこそ、天の気を理解し、天と共に生きていく(天と気を通す)ことが、これからの時代にますます求められているのです。

 


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