木の花記 〜金神様の巻〜

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昔々、まだ地球も、宇宙さえも生まれる前の遠い昔、この世界にはただ“響き”があるだけでした。
そこは、すべてがぴたりとかみ合った、一切の歪みのない、永遠なる完全の世界。
神様ただお一人の世界だったのです。

神様は、退屈でした。
「完全の中にいては、完全を知ることはできない。
完全である私は、完全であるがゆえに私を知ることができない。」
光だけの存在であった神様には、光が何であるのかが見えなかったのです。

そこで神様は、その完全なるひとつの体を、分けられました。
光とは何かを知るために闇を、天とは何かを知るために地を創られました。
そして、その不完全なる世界を、自らと相反する遠いところへ置かれました。
その時、そこに時が生まれ、空間が生まれ、元のひとつへと還っていく時空が始まったのです。

オルゴールのねじがまわるように、
不完全から完全へと還る中で世界は様々な音を響かせ、音楽を奏でます。
これはその中の一つの、長い長い物語です。

 
神代の時代

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元のひとつから分かたれて、どれだけの時が経ったでしょうか。

宇宙の創造神である七代の神々が世に現れ、そこから個性豊かな八百万(やおよろず)の神々が次々と生まれた神代の時代。自由気ままに振る舞おうとする八百万の神々に、地の大神様は世を乱さぬようにと心の掟を厳しく説かれました。地の大神様は名を国之常立大神(くにのとこたちのおおかみ)といい、その厳しさ故に八百万の神々から疎まれておりました。

「こう厳しくされてはかなわん。何とかならないものか。」
相談した八百万の神々は、天の大神様のもとへと向かいました。
「どうかあの神様にご退陣頂けるようお願いくださいませ。」
八百万の神々の懇願を受け、天の大神様は国之常立大神にこう伝えました。
「すまないが、一度この世の表から退いてくだされ。しかし、いつか必ず世が立ち行かなくなる時が来る。その時再び現れ、この世界を立て直してくだされ。」

それを受けた国之常立大神は、艮(東北)の方角へと退かれ、それより後「艮の金神(うしとらのこんじん)」と呼ばれるようになりました。そしてこの方角は「鬼門」として恐れられ、封印されたのです。

それから、長い時が経ちました。八百万の神々が好き勝手に振る舞った結果、世の中は荒れ放題。自分さえ良ければ良いという「我よし」、力あるものが弱いものをねじ伏せる「力よし」の世となり、まさしく、かつて天の大神様が「いつか必ず世が立ち行かなくなる時が来る」と言われた時代が訪れたのです。

 
花祭の誕生

時は流れ、今からおよそ700年前のこと。
天龍川をさかのぼり、現在の愛知県の奥三河地方へ、熊野の修験者たちがやって来ました。道険しく人跡を絶つほどの深山幽谷の地を修行の場として求めた修験者たちにとって、奥三河は理想の地であったと云います。その地に住み着いた修験者たちは、やがて村人たちに、当時都で流行っていた歌や舞を通して、修験の教義を説くようになりました。その教義とは、「この世の災いは人の犯した罪穢れによって起こされるものであり、その穢れを払うことで、人は新たな自分へと生まれ変わることができる」というものでした。これが、現在の奥三河・東栄町にて受け継がれている国の重要無形民俗文化財「花祭」の始まりです。
花祭では、滝から汲み上げた神聖な水を祭場の中央にある釜戸で焚き、その周りを複数の舞手たちが代わる代わる夜通し舞います。やがて、釜戸から立ち昇る蒸気に宿った神々が舞手に降臨し、舞手は神の依り付いた神座となります。その舞手たちと観客も共に舞い踊ることで、人々は神々と交遊し、穢れを祓い清められ、新たな生命力を授かるのです。そして再生した新たな命を「花」と云うのでした。

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花祭は、1年で最も寒い時期に行われます。そして数多くの鬼が登場します。中でも榊鬼と呼ばれる鬼の総大将は、寒い冬の間に大地の奥深くに沈み込んだ生命力を呼び覚ますものとして、祭の中でももっとも大切にされている存在です。
現代の日本では、鬼は災いをもたらす存在として忌み嫌われ、節分には「鬼は外、福は内」と言って豆まきをします。しかし実は、鬼は一年に一度、人々の心の中にある闇を照らしにやって来るのです。道を踏み外そうとしている人々の心の闇に光を当て、それが何であるかをわからせ、心の大掃除をして元の道へと還ることを教えてくれているのですが、自分の心の闇から目を背ける人々にとってそれは疎ましく、鬼こそが災いの元であると思えるのでした。
そしてこの榊鬼こそ、かつて封印された艮の金神様のお姿なのでした。

 
5月3日生まれの三男坊

いさみ

さて、終戦から6年、戦争の傷跡を残しながらも日本中が復興に向けて活気にあふれていた1951年、岐阜県の美濃市に一人の男の子が誕生しました。5月3日生まれの三男坊である彼は「いさみ(5.3.3)」と名付けられました。後に木の花ファミリー創設者となる、いさどんこと古田偉佐美です。

市議を務める名士の家に育ったいさみ少年は、授業中は先生から当てられないように教科書で顔を隠しているほどの恥ずかしがり屋でしたが、一歩表に出ればやんちゃ坊主。豊かな美濃の自然に囲まれて、段々畑を友だちと駆け下りたり、川で魚を捕まえては氏神様の神社の屋根に上って昼寝をしたり。神殿の屋根の上はぽかぽかとして、川で冷えたいさみ少年の体をやさしく温めてくれるのでした。
高校生の時には「自分を変えよう」と苦手な生徒会活動に励み、恥ずかしがりを克服。一度決めたことはやり通す意志の強さがあり、また「人と同じことはしたくない」とあえて独自の行動を取るような、どこか一風変わった少年でした。そして、自分でも不思議なほど、親やご先祖様を大切にする子どもでもありました。

そんないさどんが20歳になる直前のこと。5年前に亡くなったおばあさんが頭の上に現れました。いさどんは、そのことを不思議には思いませんでした。「自分はご先祖様を大切にしてきたから、おばあさんが守護霊としてやって来たのかもしれない。」事実、仕事でも人間関係でも、自分の努力以上に良い結果が引き起こされていくのです。そして頭の上のおばあさんは一言も言葉を話さず、紺色の絣の着物を着て、いつもいさどんの頭の上に座っているのでした。
やがて結婚したいさどんは、奥さんのあいちゃんと一緒に愛知県の小牧市で建築内装業のお店を始めました。お店の経営は順調でした。もっと店舗を増やしてお金を稼ぎ、いい車に乗っていい暮らしをしよう。それが、いさどんとあいちゃんの夢でした。何よりも、子孫である自分の成功はご先祖様が一番喜んでくれるし、親孝行もできる。いさどんはそう考えていました。

今、いさどんはこう語ります。
「自分でも不思議なくらい、親を大切にする子どもだった。それは親個人に対する想いというよりも、先祖がいて、親がいて、自分がいるという感覚があったから。それって実は今僕がいつも語っている、銀河があって、太陽系があって、地球があって、自分がいるというのと同じことなんだよ。だけど昔はもっと世界観が狭くて、神も仏も信じてなかった。とりあえずご先祖様がいて自分がいることは事実だから、そこを大切にしていた。神や仏なんているわけないと思ってたよ。」

 
お釈迦様が現れる

いさどんが30歳の暮れのことです。
ふと気が付くと、いつも頭の上にいたおばあさんがいないのです。代わりに、50歳ほどの黒い男性の姿がありました。

━━━━━  一体誰だろう  ━━━━━

いさどんが話しかけても、その男性からは返事がありません。自分は先祖想いだから、おばあさんに代わって誰かご先祖様が現れたのかもしれない。いさどんはそう思いました。それが、1981年の12月26日のことでした。

翌年の1月11日、いさどんはひょんなご縁で、石川県の小松にある、とある仏師が開いた石切り場の洞窟を訪れました。そこには様々な仏像などが祀られていました。その出口にある2メートルを超える釈迦牟尼仏の仏像を見た時、いさどんの体に衝撃が走りました。

━━━━━  これがお釈迦様か  ━━━━━

それが、お釈迦様との初めての出会いでした。
それまで仏教について何も知らなかったいさどんは、家に帰ってさっそく本を読み始めました。それほど、いさどんの心にお釈迦様が強く残ったのです。
そしてまた、石川から帰って来てからは、おばあさんの代わりに現れた黒い男性の姿も見えなくなりました。「誰だか知りたかったのにな。」いさどんは少し、残念に思いました。

それからしばらくしたある日のこと。いさどんが部屋で一人で座っていると、後ろからすーっと、黄金の姿の仏様が近付いてきました。そして、いさどんの頭の上で止まったのです。一体どういうことだ。何だかわからないけれど、それが仏様だということはわかる。そしてその仏様は、まばゆいばかりに輝いている  ━━━━━

その姿を、一体どう表現したらよいのでしょう。
それは、ただただ尊い。そういう存在でした。黄金の光が眩しいほどに輝き、それはもうまばゆいばかりで、例えようがないのです。そこには一切の意味がなく、ただただ尊いとはこういったものであるということを示されていたのでした。
いさどんの目から、涙があふれました。これが尊いというものか。こんな世界があるのだ。ただありがたくてありがたくて、泣けて泣けて仕方がない。だけどどうして?どうして自分なんかのところに、こんな存在が現れたんだろう?そう思いながら、ずうっと涙が止まりませんでした。そしてそんな状態が、3日間続いたのです。
3日が経ち、その尊い存在は、いさどんの上から姿を消しました。
「やっぱり自分にはそれだけの価値がないから見捨てられたんだ。」
いさどんはそう思いました。

それからしばらくして、瞑想をしていた時のことです。なぜか眉間が痛み始めました。とにかく痛い。そしてその痛みは、どんどん増していくのです。
痛みが始まって3日目には夜も眠れず、いさどんはただベッドに横たわっていました。痛い痛い痛い痛い・・・あまりにも痛くて思わず叫びました。「痛いーーーー!!!」すると、ふっと痛みが消え、眉間から煙のようなものがふわぁっと立ち昇ったのです。
痛みは消えた。でも何かが変だ。
どうも、眉間に親指ほどのサイズの穴が開いているようなのです。そこで頭を横に振ってみると、「ズズッ」と風を切る音がします。やっぱり穴が空いている!!
そこでいさどんはあいちゃんに顔を見せて、「おい、眉間に穴が空いたよ」と言いました。ところがあいちゃんは「何言ってるの。穴なんか空いてないわよ」と相手にしません。「そんなことない。空いてるよ」と言って鏡を見ると、確かに穴は空いていない。だけど相変わらず、動くたびに「ズズッ」と風を切る音がするのです。やっぱり穴は空いている!

眉間には、天に意志を向けるチャクラがあります。そこに穴が空くということは、そのチャクラが開いたということです。
けれども、当時のいさどんはそんなことは全く知りませんでした。一体何が起きたんだろう。わけのわからないまま、いさどんは再びベッドに横になりました。眉間からは相変わらず、ふわぁっと煙のようなものが立ち昇っています。
すると突然、奇妙なことが起こりました。薄く広がった布を小さな穴の中へと一気に引っ張り込むように、あたり一帯の空間が猛烈な勢いで眉間の穴にダーーッと吸い込まれ始めたのです。うわーー!!いさどんは心の中で叫びました。それはもう大変な勢いで、何かが穴の中に流れ込んでくるのです。
しばらくすると、それは止まりました。そしてふと気が付くと、額の穴もふさがっていたのです。

いさどんは起き上がり、蓮華座を組みました。すると、視界の斜め45度下のあたりに、作務衣を来た小豆粒ほどの小さな人が、自分に向かって一生懸命礼拝している姿が目に入りました。誰だあれは。どこかで見たことがあるぞ。そう思ってよくよく見ると、なんとそれはいさどん自身なのでした。
あれ!自分じゃないか!ではこちらにいるのは一体誰なんだと思って見てみると、それは巨大な大仏でした。

その時、いさどんは理解しました。

━━━━━  そうか。あの黄金の仏様は自分を見捨てたのではなく、自分の中に入られたのだ。そして僕は我が強くて出来が悪いから、同居することならぬということで、追い出されたのだ  ━━━━━  

その追い出された自分が、こちらの尊い存在に向かって礼拝しているのでした。

 
人の心の形が観える

それからしばらくすると、いさどんはなぜか無性に、人の名前が気になり始めました。自分でもなぜだかわからないけれど、次から次へと、人の名前が勝手に思い浮かんでくるのです。そこでいろいろな人の名前を思い浮かべては、この人はこういう人だ、あの人はああいう人だ、と考えてみるのですが、どうにもまとまりがつかない。それでも名前は次から次へと浮かんできて、ついに、3日目の夜には眠ることもできなくなってしまいました。
それはまるで、名前の洪水でした。その中を一晩中もがき続け、ついには飲み込まれそうになり、明け方にいさどんは思わず「わーーーっ!!」と叫びました。その瞬間、名前の一文字目と二文字目の間にさーっと線が引かれ、それが何かの法則を表していることが観えたのです。
これが、後の「カルマ読み」の始まりでした。名前には、人それぞれに違う心の形(カルマ)が、見ごとに陰陽の法則性を持って表れていました。カルマ読みを発展させることで、いさどんは、表面的にはわからないその人の本質を読み解き、人間の心の仕組みをより深く理解するようになっていくのです。

当時、建築の内装業をしていたいさどんは、毎日仕事でいろいろな人の家に出かけていました。ところがそこでも、不思議なことが起こり始めました。初めて訪れる家でも、玄関に行くと、なぜかその家の人間模様が手に取るようにわかるのです。この家はこれこれこのように嫁姑の関係が悪く、夫婦仲がこじれて、それがこのように子どもに影響しているというように、その家の問題の背景が観えて、どうすればそれを解決できるかがわかるのでした。
やがていさどんは、仕事で訪れる家の人々の相談にのるようになりました。そして語り始めると、聞いたこともないような話が自分の口から次々と出てくるのです。それまでの自分の中には明らかになかったものが、湧き出してくる。それはいさどんではなく、内に入られたお釈迦様の言葉でした。そしていさどん自身はいつも自分の外にいて、その言葉を聞きながら学んでいるのでした。
人の相談にのっている時だけではありません。毎日毎日、いさどんはお釈迦様と直接問答をしました。それはもう人と話すよりもたくさん話し、毎日が学びの連続でした。

 
地球の真実を伝えていこう

ある時お釈迦様から「千日の行をいたせ」と言われたいさどんは、それから3年間、1日も欠かさず瞑想をしました。1年ほどすると、瞑想中に自分の体を抜け出し、瞑想している自分の姿を部屋の天井から眺めるという体験をするようになりました。

ある日、瞑想をしていると、いさどんはいつものように体の外へ抜け出しました。ところがその日は、まるでロケットが打ち上げられるように、ぐんぐん上へ上がっていくのです。ぐんぐんぐんぐん上がって、ついには宇宙空間へ飛び出してしまいました。

月を背にして、いさどんは地球を見ました。
なんて美しいのだろう・・・。
宇宙空間に浮かぶ、青い星。それは奇跡のような美しさでした。
ところがその美しい星に、ところどころケロイドのようなものが観えるのです。それは都市や破壊された森林など、人間の行いの跡でした。人間たちの行いが、まるで皮膚ガンのように、地球を蝕んでいるのです。

いさどんの心に、強い懺悔の想いが湧いてきました。
大きな視点で捉えれば、それはこの星が成長していく過程であるとも言えるかもしれない。しかし、まぎれもなく自分は今、それを目にしていて、そして地球をこのような状態にしている原因が自分自身の中にもある。もっと自分が優れていれば、もっと人々に伝えていける力があれば、こんなことは起きなくていいはずだ。
全ての人間の中に、こういったことを引き起こす種がある。いさどんは、そのことを自分の罪として懺悔しました。それは誰かに対して、何かに対しての懺悔ではなく、ただ目の前にある美しく尊いもの  ━━━━━  それは自分自身であり、奇跡ともいえるもの  ━━━━━  そういうものが侵されていることに対して、自然と湧き起こってきた想いでした。
地球が何ものであるかを知った者として、自分はこの地球の真実を伝えていこう。宇宙空間から地球を眺めながら、いさどんはそう心に決めました。やがていさどんは宇宙空間から解き放たれて、地球へ帰り、気が付くと瞑想している自分の体へと戻っていたのでした。

お釈迦様と出会って以来、いさどんは肉や魚を食べるのをやめました。大好きだった釣りもやめました。それまでは格好に気を使っていたのに、着飾ることもやめました。お金を稼いでいい暮らしをするはずだったのに約束が違うじゃない、とあいちゃんは嘆き、両親は「頭がおかしくなったのではないか」と心配しました。
けれども同時に、いさどんの周りに少しずつ人が集まり始めました。「何だか面白い人がいるよ。」そんな噂が口コミで広まり、いさどんの話を聞きたい、心のことを学びたい、という人たちが、仕事を終えたいさどんの店の2階に集まり、毎晩毎晩話を聞いて、時には15時間連続で話し続けるという日もありました。
その中の一人だったのりちゃんは言います。「まるで滝に打たれてるような感覚だった。話の内容がしっかり理解できてたわけじゃないけど、何かすごく尊いものに触れて、自分が浄化されていくような感じがしてた。用事があって行けない日があると何だか損した気持ちになってね。とにかくいさどんの話が聞きたくて、いてもたってもいられなくなるの。」

聞いてくれる者たちがいるから、言葉が湧いてくる。そしてその言葉を聞きながら、自分自身も学んでいる。
ある時ふと、いさどんはお釈迦様に質問をしました。「こうして人々が集まって来て、組織ができ、いつか私も新興宗教の教祖のようになるのでしょうか。」するとお釈迦様は、こう答えました。
「これからの時代、組織をつくるのではないぞ。人々が集え。集い語り合え。語り合う中から真実が生まれる。そこから次の世が開かれるのだ。」

 
私は苦しいのです

来る日も来る日も、お釈迦様とは問答の連続でした。それはいさどんにとって、自分を否定していく道でもありました。
いさどんの中には、より道理の通った方を選ぶという強い決意がありました。自分の中にああしたい、こうしたい、という自我の想いが湧いてくる。しかしどう考えてもお釈迦様の説かれることの方が優れている。ならばそちらを選ぶしかない。そうやって自分の想いを否定し続けるうちに、まるで自分が消えてなくなってしまうような淋しさに苛まれることもありました。
当時のいさどんを知る人たちは、いさどんはいつでも堂々として揺るぎない態度で、道理を説いてくれていたと言います。しかしその奥には、日々湧き起こる自分自身のエゴの心と戦い、時には自分で自分の頭を殴りながら歩み続けた、一人の人間の姿があったのです。
この道を行く覚悟は揺らがない。それでも、苦しい。この苦しみをわかってほしい。そう思って、いさどんはお釈迦様に言いました。「私は苦しいのです。」するとお釈迦様からは一言、こう返ってきました。「ならばこの道、行くのをやめるか?」

それを聞いて、いさどんは腹が立ちました。「この尊き道を知らずに行かぬ者は、世の中にたくさんおります。けれども一たびこの尊さに出会って、行かぬ者がおりましょうか。私は何があってもこの道を貫き通します。ただ、その尊さにそぐわない愚かな自分がいて、それを取っていくのが苦しいのです。それをわかってほしいだけです。」
しばらくの間、お釈迦様から言葉はありませんでした。そして、こう言われました。
「わからぬわけがない。
そなたは、そのことをわかっているに決まっているであろう。」

お釈迦様は、時には父親のように、時には母親のように、時には師として、いつもいさどんを見守り、導いてくれました。いさどんの心を最も理解していたのも、お釈迦様でした。ともすれば傲慢にもなり、ともすればへりくだり過ぎもするいさどんに、「傲慢になってはいけないぞ。しかし、へりくだるのもいけないぞ。自らにふさわしい心の位置でものごとを受け止めなさい」と伝え、それを受けたいさどんは、必要以上の解釈をせずに客観的にものごとを捉える訓練を重ねてきたのです。
こんな話があります。のりちゃんがいさどんに相談をしている時に、いさどんがポロッと、「あなたはいいね。相談できる相手がいて」ともらしました。みんなはいさどんに相談ができるけれど、道の先頭を歩むいさどんには、誰一人相談できる相手がいなかったのです。けれどもそう言ってすぐに、いさどんはふっと笑い、「ああ、違った。おられた」と言いました。肉の身を持っていさどんを導いてくれる人はいない。けれども心の中には、いつもお釈迦様がおられたのです。

お釈迦様から心を学び続け、やがて自分の損得や思惑を離れてものごとを観るようになったいさどんに、ある時お釈迦様はこう言いました。
「かつて私はそなたの父であり、母であり、師であった。しかし今、そなたは己を離れて己を観る。そういうものになった。だからそなたは、我が友である。」

そんなふうに、30歳の時から9年間、お釈迦様といさどんは歩んできたのでした。

お釈迦様

 
2人のシャーマン

いさどんが39歳の時のことです。いさどんが心の道を語るのを聞いていたお客さんが、「私、あなたのような人を他にも知っています」と言いました。普段はそんなことはないのに、なぜかその時、自分はその人に会う必要がある、という想いが湧き、いさどんはぜひその人に会わせてもらえないかとお願いをしました。そしてその人の家を訪ねることになりました。

その人の家に着いたのは、夜の8時頃でした。玄関のチャイムを鳴らし、「どうぞ」と声がしたのでいさどんが扉を開けると、「待っていました」という表情で、その人が立っていました。その出会いは、初めて会ったのに懐かしいようでもあり、やっと出会えましたねとお互いに感じているようでもありました。それが、シャーマンのすみ子さんとの出会いでした。
シャーマンとは、霊的な存在と直接交信をする人のことです。家に上がり、いさどんは自分がなぜここに来たのかを語り始めました。1時間ほど話した時に、電話がかかってきました。それはもう1人のシャーマン、いくよさんのお母さんからで、いくよさんに神様が入られて「すみ子を呼べ」と言っているのですぐに来てほしい、と言うのです。そこでいさどんも一緒に、いくよさんの家へと向かいました。
車を走らせながら、いさどんとすみ子さんは語り合いました。お互いに一般の人にはなかなか理解されない道を与えられて歩んできて、孤独でしたね、やっと出会えましたね  ━━━━━ 。
すみ子さんはいさどんより12歳年上、いくよさんは12歳年下でした。こうして2人のシャーマンとの付き合いが始まったのです。

それからいさどんは、すみ子さんの家をたびたび訪れるようになりました。ところがしばらく通ううちに、頭のすぐ上においでになるはずのお釈迦様が、どうもいつもと違うことに気付きました。今までよりも少し遠くなったように感じるのです。それで「おかしいな」といさどんは思っていました。

 
歩んでみなさい 歩めるから

ある日、すみ子さんの家に行くと、すみ子さんが「古田さん、今釈尊様(お釈迦様)がおいでになって、あなたにこう言っておられますよ」とお釈迦様の言葉を伝えてきました。いさどんは、えっ、と驚きました。お釈迦様はいつも直接僕に語りかけてくるのに、なぜすみ子さんを通して伝えるのだろうか。そう思ってすみ子さんに聞いてみると、「今そこに釈尊様がおられて、あなたに伝えるように言われました」と言うのです。
いさどんは思いました。この間からお釈迦様が遠くなったように感じる。まさか、お釈迦様は自分から離れようとされているのではないか  ━━━━━  。

そこでいさどんは、心の中でお釈迦様に語りかけました。「なぜすみ子さんを通して私に言葉をかけられるのですか。お釈迦様は私から去ろうとされているのですか。私はまだまだ赤子のようで、1人で歩む自信がありません。」
それは口には出さずに、心の中で語りかけただけでした。するとそれに対する返事が、すみ子さんから返ってきたのです。「古田さん、大丈夫ですよ。釈尊様はあなたから去ろうとされているのではなく、役割が終わったので天に昇り、これからはあなたを天から見守るとおっしゃっています。何かあったらいつでも降りて来て、あなたの手助けをすると言っていますよ。」
それを聞いた瞬間、いさどんはこう思いました。
「これまで自分が体験してきたことは本物だったんだ!」

それまで、お釈迦様との対話は常に、いさどんの心の中だけで行われていました。声が聞こえ始めた当初は、自分は精神がおかしくなって幻聴が聞こえているのではないかと疑ったこともありました。しかし、疑いからは何も生まれない。そこで疑う心を掻き消して先へ進んでは、それまで知らずにいたより広い世界に出会うという体験を繰り返し、その結果、信じる心を育ててきました。
ところが今、目の前で、自分が心の中で思ったことへの答えが他の人の口から返ってくるのです。これまでの体験は妄想ではなかった。お釈迦様は本当におられる。そう心から信じられた瞬間でした。そしてその時初めて、これまで9年間ずっと、自分が心のどこかでお釈迦様の存在を疑っていたことに気付いたのです。

やっと心から信じることができた。それなのに、今まさにお釈迦様は自分から去ろうとしておられる。それはいけません。やっと信じられたのに、それが別れの時とはあんまりです。私はまだまだ未熟で赤子のようです。あなた無しでどうやってこの道を歩んでいったらいいのですか。
いさどんは、必死に語りかけました。すると、今度はすみ子さんを通さずに、お釈迦様から直接いさどんに言葉が返ってきたのです。
「あなたは、すでに十分育っています。赤子と思っているのはあなただけです。
歩んでみなさい。歩めるから。」

それまで、お釈迦様はずっといさどんのことを「おまえ」あるいは「そなた」と呼んでいました。けれどもその時初めて、「あなた」と呼んだのでした。
いさどんの目から涙があふれました。そうしている間にも、お釈迦様はどんどんと上へ昇られ、離れていくのです。お願いです。行かないでください。あなたなしでは歩めません。いさどんは、上へ昇っていくお釈迦様へ必死に語りかけました。けれども、心のどこかでは、この時が来ることを知っていたようでもありました。すると今度は、すみ子さんから言葉がありました。
「古田さん、大丈夫ですよ。あなたには十分その力がありますよ。」

 
日の本の神との出会い

それから、どのくらいの間そこにいたでしょうか。いさどんは泣き崩れて、ボロボロでした。9年間ずっと一緒だったお釈迦様が去られたのですから。
それでも、いつまでも泣いているわけにはいかない。お釈迦様が歩めと言われるのであれば、歩むしかない。自分には無理だと思っていたけれど、十分育っていると言うのであれば信じて進むだけだ。
いさどんはそう思って車に乗り込み、すみ子さんの家を後にしました。その時には、自分はもう霊的な存在と対話することはないのだろうと思っていました。

ところが、車を走らせて3分ほどの信号に差し掛かった時、空に何かが観えました。顔のようにも見えるし、何かの魂だろうかと思って見ていると、こう声が降りてきました。
「我は、日の本の神である。」
えっ、といさどんは思いました。自分は神様を信じていないのに、そんな自分のところへ神様が来たのだろうか?
その声は続けてこう言いました。
「これからは、我がそなたを守護する。」
ああ、そうですか、といさどんは思いました。お釈迦様が去られた今、その声に従うより仕方ない。そこでいさどんは、日の本の神様に「どうぞよろしくお願い致します」と伝えました。お釈迦様との9年間を経て、いよいよ日の本の神々との歩みが始まったのです。

 
日の出前に 日の本の国の頂点へ

いさどんと神々との対話は、いさどんが直接メッセージを受け取ることもあれば、2人のシャーマンに降りる様々な神々の真意をいさどんが見極める役をすることもありました。
1991年、いさどんが40歳の夏のことです。天からいさどんに「富士の山に登れ」という声が降りてきました。なぜですかと尋ねると、神様からこう伝えられました。「日の出前に、日の本の国の頂点に立て。そして命を受けよ。」
いさどんには、なぜ富士山に登る必要があるのかまったくわかりませんでした。当時、富士山はUFOに遭遇できる場所だとマスコミで騒がれていたので、まさか自分もUFOに遭遇するのかな?などと思いながら、とにもかくにも神様がそう言われるのだから登ろうと、ご来光を見るツアーに申し込んだのでした。

富士山(黒)その頃は、神様からメッセージが降りてくる時に、彩雲(虹色の雲)が現れることがよくありました。富士登山の日、バスで5合目に向かう途中にも彩雲が現れました。それを見ながらいさどんは、「神様、一体私は何をしに行くのでしょうか」と思っていました。
週末のツアーだったので、富士山は人でごった返していました。深夜の頂上付近では、進もうと思ってもなかなか前に進めないほど、登山道が人でいっぱいなのです。おまけに初めての登山だったいさどんは、すっかりくたびれてしまいました。けれども、何としても日の出前に頂上に着かなければいけない。疲れて動けなくなっている人たちの間をぬうようにしながら、いさどんは死に物狂いで登りました。そして、何とか日の出前に頂上にたどり着いたのでした。

東の空が、だんだんと明るくなってきます。ふといさどんは、そこに一つ、星のようなものが光っていることに気付きました。そして、どうやら他の登山者たちはそれに気付いていないようなのです。
その時いさどんは、「自分をここに呼んだのはあれだ」と思いました。そこでその光に向かって言いました。「お約束通り、私は今、日の出前に日の本の国の頂点に立っております。命をお伝えください。」1991年8月12日の朝4時45分ごろのことです。天から言葉が降りてきました。
「その心、これからは日の本の国全体に説くがよい。」

「日の本の国」とは、日出ずる国・日本だけではなく、日のあたる国、つまり世界全体(地球)のことです。いさどんは咄嗟に「そんなことは無理だ」と思いました。自分のような者にそんな大役が果たせるわけがありません、と。
けれどもそこで、自問自答をしました。お釈迦様は「歩んでみなさい。歩めるから」と言われたのです。これまで9年間心を磨くことを学んできて、これからもその道を歩み続ける決意は揺らがない。そして富士山の頂上からの景色を見ると、確かにここは世界へ向けて発信するのにふさわしい場に思える。だから、あり得ることなのかもしれない。ならばこれからも、この心を生き続けるだけだ。

下山の時、登る時にはあんなにも辛かったのに、それを乗り越えたら「また来よう」という気持ちになっていることが不思議でした。まるで人生みたいだな、といさどんは思いました。

 
心を磨かない神々たち

2人のシャーマンを通して様々な神々と対話していく中で、いさどんは矛盾を感じることがありました。
まだ幼い子どもの神様を含めて1日に50柱もの神々がシャーマンに降りることもあり、それは大変面白い世界でした。ところがそのうちに人間の方が、「うちの神様が最高だ」などと神様を所有するようになり、そこに関わる神様もなぜそういう人間を正さないのかと、いさどんは疑問に思い始めたのです。
いさどん自身、自分の中にエゴの心を抱えていたので、「神様はきっと全てをお見通しのはずだ。こういった僕の心をどう捉えているのかな。もっとこちらの心を吟味して、正してくれればいいのに」と思っていたのですが、神道の世界には「心を磨く」ということがないのです。ことに伝統的な神道にその傾向が強く、儀式をしてお祓いをして終わり、というように、道理を説いて人々の精神性を高め導くということがない。
9年間お釈迦様に学び、常に心を磨いてきたいさどんは、もっと学びたいという一心で、神様にいろいろな質問をしました。それに対して神様も、始めは威厳を持って答えてくれるのですが、いさどんの意識が上がってだんだん質問が難しくなってくると、答えに詰まり、ガクッとうなだれて「その質問には私では答えられんのじゃ・・・」と消えていってしまうのです。そしてその神様に替わってさらに位の高い次の神様が「我がそなたを守護する」と現れるのです。こうしていさどんを守護する神様は、7度替わりました。神々の世界は非常に幅が広く、低い神様から高い神様まで、いろいろな神様がいるのです。そしてそれは、宇宙の姿そのものなのでした。

そんな中でいさどんは、シャーマンの1人であるすみ子さんの様子がどうもおかしいと感じるようになりました。すみ子さんは新興宗教を立ち上げていたのですが、すみ子さんの夫が信者を組織化し、お金を集めているようなのです。すみ子さんが神様からのメッセージを降ろす時も、どことなく自信のなさそうな雰囲気で、何だか変だなといさどんは感じていました。
ある時、もう1人のシャーマンであるいくよさんに降りた神様が、いさどんに「すみ子はこちらの神の意志に背いている。問いただして来てほしい」と言いました。これは大変な役目を与えられたものだと思いましたが、いさどんは意を決してすみ子さんの元へ向かいました。
その日、すみ子さんは信者と共にとある神社へ行くことになっており、すみ子さんの元にはたくさんの信者が集まっていました。その中でいさどんは「いくよさんに降りられる神様が、あなたのことを不信に思っておられます。どうなのですか」と問いかけました。すみ子さんはだんだんとしどろもどろになり、いさどんがその矛盾を順々に突いていくと、最後には泣き崩れてしまいました。そしてこう言いました。「私は主人が大切だったのです。」主人が私に求めてくるので、神様のお使いができなくなってもやれるふりをしていた、と言うのです。

いさどんはすみ子さんに伝えました。それはいけない。そのように神を語って人々をたぶらかすようなことではいけない。
周りでは信者たちが心配そうに見ています。いさどんは、このまますみ子さんを突き落とすだけで終わってはいけないと思い、神様は人を見捨てたりしないものです、これを機に心を改めて進んでください、信じることが一番大切です、と伝えました。そして信者たちに囲まれてすみ子さんが立ち去った後、その場に残ったすみ子さんの息子と娘にこう言いました。「人が信じる時に、魔がさすことがあります。あなたたちもこれを教訓にして生きていってください。」
それ以来、すみ子さんのもとを訪れることはありませんでした。

その後いくよさんとの付き合いは続きましたが、いくよさんに降りる神々も、そこに関係する人々も、やっぱり心を磨かないのです。おまけにあまりにもいさどんが神様に質問するので疎ましく思われているようでもあり、いさどんはだんだん神様と付き合うのが嫌になってきました。
神様が人間にごまをすったり、人間が神様を利用しているような付き合いはおかしい。こんなことなら自分は破門されても構わない。そう思っていくよさんのところに出かけると、いくよさんのお母さんが「古田さん、神様が古田さんのことをあまり快く思っていらっしゃらないようですよ」と言ってきました。いさどんは「これはいいタイミングだ」と思い、「では私を破門してください。私はこれまでいただいてきた道を、私なりに生きていきます」と言って、いくよさんの家を後にしました。
いさどんの心は晴れ晴れしていました。これで神々の縛りから離れて、お釈迦様からいただいた心磨きの道に専念できる。自分にはもう神様の守護は必要ない。そう思いました。お釈迦様との別れから、ちょうど1年が経っていました。

 
あってあるもの なきてなきもの

人があるべき生き方、この宇宙の真理を世の人々に伝えたい。そこでいさどんは、自分の生まれ故郷の先祖代々の土地に、人が真実の生き方を学ぶ心の道場を創ろうと思い立ち、度々美濃へ帰るようになりました。
ある日、いさどんは家の近くの滝神社の神殿で昼寝をしていました。この神社は、かつていさどんが子どものころにいつも屋根の上で昼寝をし、川で遊んで冷えた体を温めてくれた神社でした。その日はとてもよい天気で、神域の森に囲まれ、いさどんは気持ちよく眠っていました。
突然、「起きろ」と何かに起こされたような感じがして、いさどんは目を覚ましました。起き上がって周りを見ると、神殿の階段から手すりに至るまで、そこら中に無数の神々がいるのです。神々は鎧甲冑を身に付けた武者姿で、平安時代のような姿もあれば戦国時代のような姿もあり、「武蔵の神」やら「尾張の神」やら、それはもういろいろな神々がいるのでした。
「何だこれは!?」そう思ったいさどんに、声が聞こえました。「こういったものたちも神であるぞ。」つまり、神の世界はとても広く、宇宙の運行を司る神から貧乏神や疫病神までもがピラミッドのようになっていて、人間一人ひとりもその末端にいる。そういう広い世界が神の世界である、と伝えられたのです。
いさどんは、神界のこの広さを学ぶためにこの1年があったのだと思いました。神の世界には序列があり、いろいろな役割があり、この世界が出来ている。それがわかったら、もう神は必要ない。そう思い、「ありがとうございました」と言って神社の階段を降りました。青空には雲が広がっていました。

神社の神域を出た時に、ふと上の方が気になりました。空を見上げると、何者かがそこにいて、こちらを見ています。何だろう?
それまで、新しい神様に出会うといさどんはいつも「どなた様ですか?」と聞いていました。神々は名前を持っており、そう聞かれると自らの名を名乗るのです。それから「あなたはどのようなお役の方ですか?」と失礼のないように聞いていき、その真意を見極め、場合によっては「お引き取りください」とお願いすることもありました。
その時も、いさどんはその空にいる存在に向かって聞きました。「どなた様ですか?」ところが、返事がありません。いさどんは再び聞きました。「お名前は?」
するとその存在は、こう答えました。
「名などない。」
名前がない  ━━━━━ それでは一体どのようにあなたを認識したらいいのでしょう?そう思っていると、その存在はこう言われました。
「我は、あってあるもの、なきてなきもの。」
それは、あらゆる神々やこの世界の全ての大本となる、宇宙根源の存在だったのです。

 
「ある世界」と「ない世界」

この世界には、肉体や物質、出来事など目に見えるものから成る「見える世界」と、想いや心、言魂など目には見えないものから成る「見えない世界」があり、この二つの世界を合わせて「ある世界」と言います。古代日本の宇宙物理学であるカタカムナでは、この「ある世界」のことを「現象界」と呼びます。現象界は命の世界であり、いさどんがこれまでに出会ってきた神々は、この現象界の神々でした。
そしてその現象界の奥に、想いも命も、時間も空間すらもない、「ない世界」があります。この「ない世界」のことを「潜象界(せんしょうかい)」と言います。そこはただ、“響き”だけの世界。一切の歪みがなく全てがぴたりとかみ合った、永遠なる完全の世界です。「ある世界」に生きる私たちの思考で、この「ない世界」を捉えることはできません。そこは、あるとかないとかいう概念すらもない、特定することのできない世界なのです。
「あってあるもの、なきてなきもの」とは、この「ある世界」と「ない世界」全ての大本の存在であり、万物に遍満するこの宇宙の仕組みそのものなのです。

遥か昔、この「ない世界」から「ある世界」が生み出される時、始めに天の大神様となる天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)が虚空に現れました。そこから現象界の素量と潜象界の素量を産み出す神々が生まれ、現象界を創る最初の神様として現れたのが、地の大神様である国之常立大神でした。この二つの大神様は宇宙創造の源である「あってあるもの、なきてなきもの」の御心を表しており、いさどんがこれまでに出会って来た現象界の神々は、かつて国之常立大神を封印した八百万の神々であったのです。

 
我はそなたの中にあり

その頃、いさどんのもとに集い心を学ぶ人たちの中に、後の木の花ファミリー創立メンバーとなるのりちゃんの夫がいました。彼の率いる和太鼓のグループが、奥三河の東栄町に活動の拠点を移したことをきっかけに、いさどんも花祭に関わるようになりました。
いさどんが40歳の冬のことです。東栄町で偶然知り合ったグループの人々と話していると、その人たちが「私たちは毎月熊野へお参りをしています」と言いました。実はそれより少し前、たまたま知人が持ってきたチラシに「熊野は世界の高天原」と書かれているのを見て以来、いさどんの中にはなぜか、自分は熊野へ行かなければならないという想いが強くあったのです。そこでさっそくその人たちと一緒に、熊野三山奥の院である玉置神社を訪れることになりました。
ちょうどそのころ、花祭のとある地区で代々鬼の役を務めている家の出身で後の東栄町長となる男性が、私は伊勢神宮の事務長と縁があるのでぜひ一緒に伊勢神宮へ参拝に行きませんか、といさどんを誘って来たのですが、そのスケジュールがぴたりと合い、熊野の後に伊勢神宮を訪れることになりました。

熊野へ出かける少し前、いさどんのお店のシャッターに、ある宗教団体のパンフレットがはさまれていました。それを見ると、「人は心が美しくなると内なる声を聴くようになる。それが国之常立大神である」と書かれていました。
そして熊野へ向かう道中、同行した女性に「ところで玉置神社の祭神はどなたですか」と尋ねると、なんと「国之常立大神ですよ」という返事が返ってきたのでした。

面白い話があります。地の大神様、つまり地球神である国之常立大神を祀る玉置神社、太陽神である天照大御神を祀る伊勢神宮、そして天照大御神の妻神(天照大御神は神話などでは女神として描かれていますが実は男神なのです)である瀬尾律姫を祀る東栄町の槻(月)神社は、南西から東北、つまり艮の方角へ向かって見事に一直線に並んでいます。そこには、地球、太陽、月の霊ラインが形成されているのです。
さらにその延長線上の艮の方角に、富士山があります。花祭りには、もっとも重要な役割である榊鬼と、人間である翁とが問答をする場面があるのですが、その翁のセリフに、「やいやい。伊勢天照皇大神、熊野権現、富士浅間、ところは当初の氏大神」と、この当時花祭りに縁のなかった富士浅間の名が出てくるのです。
そして、春分を起点に1年間を360度の円盤上に表す太陽系時空間地図「地球暦」では、いさどんの生まれた5月3日(立夏)はちょうど艮の方角にあたるのでした。もちろん、当時のいさどんにはそんなことは知る由もありませんでしたが。

熊野へ向かう道中、空には吉兆の証である彩雲が現れていました。玉置神社に参拝し、その夜は神社に泊まりました。次の日は一行と別れ、榊原温泉に宿泊しました。そして翌朝、伊勢神宮に向かうために、ちらちらと雪の舞う榊原温泉駅のプラットホームで電車を待っていると、突然ふわっと、甘いお香のような香りが漂ってきたのです。
「この香りは何だろう。」いさどんはいつものように、上に向かって聞こうとしました。するとなぜか下の方、自分の丹田のあたりから言葉が湧いてくるのです。いつも上から聞こえてくるのになぜ私の内からなのですかと尋ねると、こう返ってきました。
「我はそなたの中にあり。」
上を見上げると、上にも神様はおられます。それなのに下(内)から声が聞こえてくる。その時、いさどんは理解しました。これが国之常立大神の存在である、と。

私たちは土から生まれた食べ物をいただいて生きています。つまり、大地の子どもです。大地というのは地球のことですから、私たちは地球神の分身であり、一人ひとりの中に地球神がおいでになるのです。そして心を磨き自我を超えていくことで、誰もがその声を聴けるようになるのです。それが、いさどん40歳の12月16日のことでした。

 
いざ、富士の地へ!

かねてより40歳になったら仕事を辞めて世のため人のために生きると決めていたいさどんは、いよいよ仕事をやめ、故郷に帰って心の道場を築くことに本格的に取り組み始めました。両親と一緒に暮らし、ご先祖様の土地で心の道を人々に伝えながら、最高の親孝行がしたいと思っていました。
ところが、日が経つにつれて両親が悩み始めたのです。両親は、いい若い者が仕事もせずに毎日土いじりをして「お宅の息子さん、うつ病にでもなってリハビリしているのですか?」などと聞かれそうで世間様に何と説明すればよいのかわからない、と思っていたのです。
それを見ていさどんは、自分は親孝行をするつもりだったけれど、価値観が違うものに自分の考えを押し付けても不幸を生むだけだ、そして世のため人のために生きると言いながら、自分の親や先祖を優先し執着していたのだ、ということに気が付いたのでした。

いさどんは、両親のもとを離れる決意をしました。親思いのいさどんにとって、それは覚悟のいる選択でした。しかしその時すでに、心の中には富士の地で生きる決意がありました。
かねてより憧れの地であり、神様からの命を受けた富士山のふもとへ行こう。そしてそこに菩薩の里をつくろう。菩薩とは、世の中の健康や他者の喜びを自らの喜びとする存在を言います。人々が心からつながり、助け合い、自他の区別なく喜び合い生きていく場  ━━━━━  それが菩薩の里です。

故郷を離れる前に、いさどんは氏神である滝神社の神様の元へ挨拶に行きました。「私はこの地で天の道をいただくものだと思っておりましたが、どうやら違っていたようです。これからは富士の地で道を歩みます。」そういさどんが氏神様に伝えると、氏神様は、そなたにそのような道があることを理解している、旅の門出に言葉を贈ると言って、次の言葉を授けました。
「どんな大海を行くものも、その始まりは、故郷に降る雫一滴より始まることを忘れるな。」
それは、幼いころからずっと見守ってきてくれた氏神様から、今まさに大海原へと漕ぎ出そうとしているいさどんへの、はなむけの言葉でした。

小牧へ帰ったいさどんは、富士の地へ移住するための準備を始めました。その想いに共鳴したメンバーが20人、集まりました。誰一人、一緒に行こうと誘われた人はいませんでした。よくわからないけれどきっと大切な生き方が始まる。そう感じた人たちが、ある人は家を引き払い、ある人は親の猛反対を押し切って、自らの意志で集ったのでした。

こうして、1994年3月21日春分の日、富士のふもとの菩薩の里・木の花ファミリーの暮らしが始まったのです!

 
鬼は内 福も内

木の花ファミリー創立から21年間、それはそれは、たくさんのドラマがありました。大切な生き方だと直感して集まったメンバーたちも、一人ひとりはとても出来が悪く、自我に囚われ自分のことばかり考えて、菩薩からはほど遠いものでした。
そんなメンバー一人ひとりに対して、いさどんは根気強く接し、時に厳しく、時にやさしく、時にはみんなの頭をダジャレでほぐしたりもしながら心磨きの道を説き、それぞれが自分という枠を超える手助けをしてきました。自我に溺れてものが見えなくなっている相手には、自ら鬼となってその悪心を正し、目覚めの方へと導いてきたのです。
それはまさに、はるか昔八百万の神々に疎まれた国之常立大神の厳しさであり、そして闇の中でさまよえる者たちを光の方へと導く、本当のやさしさでした。

いつの頃からか、木の花ファミリーでは1年で最も寒い節分の時に東栄町の花祭の要素を取り入れた「節分祭」を行うようになりました。そして「鬼は内、福も内」と豆まきをしてきました。人々の心の中にある闇を照らし、光へ向かうことの大切さを教えてくれる鬼への感謝の気持ちを込めながら ━━━━━  。

今、木の花ファミリーのメンバーは80人になりました。不完全ながらも一人ひとりが自我の枠を超えて歩んできた結果、生まれも育ちもまったく違う人々が、互いを想い、生かし合い、心を分かちあって豊かに生きる暮らしが生まれました。その温かい絆の中で、どんな病院でも薬でも治らなかった心の病を持つ人たちが次々と回復していくという“奇跡”も起きるようになりました。
その間にも、社会ではうつ病や自殺が蔓延し、世界各地での経済破たんやテロの台頭、温暖化による災害の増加から3.11の震災に至るまで、様々な出来事が起きています。人々が自分の幸せを追い求め「もっと、もっと」と生きてきた結果、今の世の中が出来上がりました。世界中で起こる様々な出来事は、私たち人類に痛みをもたらします。けれども、その痛みを通して、地球は私たちに何かのメッセージを送ってはいないでしょうか。

 
富士浅間 木の花祭り

マヤ暦が終焉を迎えた2012年12月21日、宇宙的な一大イベントがありました。私たちの生きる太陽系が、25800年ぶりに「銀河の冬至」を迎えたのです。
冬至とは闇のピークであり、それまで闇を増してきた太陽系は、この冬至をを境に、光が増していくサイクルに入りました。光が増すということは、それまで闇の中にいて見えなかったものが光に照らされ、真実が観え始めるということです。

年が明け、2013年2月3日、木の花ファミリーにて「第一回富士浅間木の花祭り」が開催されました。
これはファミリーの親しい友人である愛知県在住の花祭研究家の方が、かねてより花祭の要素を取り入れて節分祭を行っていたファミリーへ、「富士の地で花祭を継承しませんか」と持ちかけてくれたことがきっかけでした。舞や笛・太鼓、会場の装飾に至るまでを本場東栄町の方々にご指導いただき、この祭の目的である「生まれ清まり」の真の意味を理解し実践する場として盛大に開催された第一回富士浅間木の花祭りは、舞い踊る人々と各地から集った神々のエネルギーが融合して会場全体が大きくうねり、まさに神人和合を体現する場となったのでした。
そしてこの祭をきっかけに、それまでファミリーメンバー一人ひとりが心の奥に抱えていた闇が次々と光にさらされ、自分でも知らなかった本当の自分の姿と向き合うこととなりました。それは、自らの闇と向き合うことを拒み不調和を巻き起こし続けたメンバー達が、木の花ファミリーを離れることにもつながっていったのでした。

翌年の2014年木の花祭りでは、祭当日の明け方にいさどんのもとへ、榊鬼の姿をした艮の金神が現れました。そして「この日をもって艮の金神の封印が解かれる」と言ったのです。
その夏、「富士山は宇宙の中心とつながる場」とのインスピレーションを受けたメキシコの太陽マヤ族最高司祭、尊母ナー・キン氏が木の花ファミリーを訪れ、富士山をアンテナに世界へ愛を発信しようと、7月26日、マヤ新年を祝う祭典をファミリーと共に行いました。地球の反対側に暮らすナー・キン氏は、不思議なことに、銀河の中心から光の柱が富士山に降り、地球全体へと愛のエネルギーが広がっていくビジョンを、木の花ファミリーが始まったのと同じ20年前に見ていました。20年の時を経て、同じ意志のもとに生きる人々が出会ったのです。
そして、富士山が天の意志を降ろす天教山なら、そこからマグマに潜った意志が地上へと吹き出す地教山が、ヒマラヤです。そのヒマラヤのハルトラビレッジと、インド最大のコミュニティ、オーロビルからの招待を受け、11月、いさどんとメンバー数名がインドを訪れることとなりました。

 
全てが自分で、自分はない

今から32年前、いさどんは初めて、お釈迦様の故郷であるインドを訪れました。お釈迦様の吸った空気を吸い、嗅いだ匂いを嗅ぎ、踏んだ土を踏みしめ、ここで人々に道を説いたのだということを感じたくて出かけた旅でした。旅の間、いさどんはずっと泣いていました。そして行く先々で、かつて自分はそこにいたことがあることを思い出していました。

それから30年以上の時を経て、いさどんは初めてヒマラヤの地を踏みました。そこは、富士山から地に潜った天の意志が地上に吹き出す、地教山。いさどんの魂の故郷でした。
そこから南へ下り、世界中の人々が国籍や宗教を超えて調和のもとに暮らすことを目的に47年前に設立され、現在は約1500人の人々が暮らすコミュニティ、オーロビルを訪れました。そこで、今は亡き創設者のマザー、そしてそのパートナーであったインドの思想家、シュリ・オーロビンドの魂と出会うことになったのです。

オーロビルに到着して間もなく、いさどんはマザーの魂を感じました。マザーの魂はいつもにこっとして、まるで親しいお姉さんのようにいさどんを迎えていました。しかし、シュリ・オーロビンドの魂とはなかなか出会うことができず、いさどんがマザーに彼はどこにいるのですかと尋ねると、「あの方の魂は上の方で宇宙の運営をされており、宇宙にちりばめられているので、地上にはおいでになりません。役割として、私がここにいます」とマザーは答えました。
それから数日が経ち、インテグラル・ヨーガの創始者でもあったオーロビンドのアシュラムに行った時のこと。いさどんは初めて、オーロビンドの魂を感じました。
その魂はいさどんの視線を誘導し、そこにある様々なものに目を向けさせました。植物の葉っぱ、大理石の柱、壁の傷。その視線と共に、いさどんの指も、その一つひとつを指さしていました。そしてひとつ指さすごとに、「そこに私はいる」「そこにも私はいる」「どこにでも私はいる」という言葉が降りてくるのです。それは全てに遍満している存在なのだ、といさどんが思うと、「全てに遍満しているということは、無である」という言葉が降りてきました。全てに遍満しているということは、全てが自分であり、自分(自我の特定)はないということ。その時にいさどんは、これは地球の魂ではないかと直感しました。シュリ・オーロビンドの魂は、地球神・国之常立大神、つまり艮の金神の魂なのです。
オーロビンドの魂は言いました。「私を知っているであろう。今まであなたは私と一緒にいた。その私にあなたは会いに来た。」そこでいさどんは尋ねました。「あなたは私の中においでになりますね?」オーロビンドは答えました。「私は、あなたの内にも外にも、どこにもいる。」

太陽系がらせんを描きながら銀河の周りを周る時、らせんを1回描くのに25800年かかります。そしてその25800年ごとに、銀河の冬至がやって来ます。
オーロビンドの魂について想いを巡らせていた時、いさどんの中に6000年という数字が浮かびました。天からの意志が富士山に降り注ぎ、地中のマグマの中を通ってヒマラヤから噴き出すサイクルは、その四半分の約6000年、銀河の秋分から冬至までのこと。今は6000年の再スタートとして、歴史の大きな切り替えの時にあり、これから日本や中国、インドなどの東洋が世界をリードする時代が来ているのです。
マザーはいさどんに「私があなたの役割を手伝いますから。あなたは感じたままにやればいいのよ」と言いました。人間はやるべきことをやり、流れは天が用意する。そこに自我の意志はなく、ただ天意に沿う強い意志があるのみ。なぜなら、真実は自我ではなく、天の側にあるからです。

 
赤い炎が黄金に そして白光に

お釈迦様が離れて24年、いさどんはずっとこの道の先頭を一人で歩んできて、弱音を吐いたことは一度もありませんでした。それは、この道が大事であると自らに言い聞かせて歩んできたからです。
自信はありませんでした。周りから理解されないこともたくさんありました。しかしこの道の大切さを知っているからこそ、自らを捨て、天の意志のままに与えられた役割を果たすことを選択してきました。それは覚悟と決断の連続であり、自分との戦いでした。

いさどんの中には、揺れる心がありました。それは心臓の下、へその上あたりにあって、赤い炎となって燃えていたのです。その炎をよく観てみると、「わかってほしい」という心があるから苛立ちとなり、それが揺れる心となって燃えているのでした。
ではその「わかってほしい」という心とは何か。それは「真実に目覚めてほしい」という心。そこには自分自身のための心は一切ありませんでした。ただ人々に真実に目覚めてほしい。その一心で歩んできたのです。

その赤い炎が、このインドでの滞在を通し、赤から黄金へ、そして白光へと変わり始めました。それはいさどん自身の心の段階を表すと同時に、時代が移り変わっていく段階をも表しています。
これまでは、真実を語っても真実として通らない時代でした。けれどもこれからは、魂のこもった真実を語ればそれが通っていく時代に切り替わるのです。そこではもう、「真実に目覚めてほしい」という心は必要ありません。真実が通らない時代には、情熱の赤い炎がなければ歩んで来られませんでしたが、これからは真実が開かれていく時代なのです。
いさどんは、これまで情熱の赤い炎で役割を果たしながら、自らをもその熱によって焦がしてきたことに気付きました。インドへの旅に先立ち、十二指腸潰瘍を患っていたいさどんへ、マザーは「私のところに来なさい。その焼かれた体を癒してあげますから」と伝えました。
もう熱い炎を燃やさなくていい。ただこんこんとわき出る真理を示せば伝わっていく。それはいよいよ、天が地上に采配を振るう時が来たということです。そして地の者がそのことを理解し、実行していく。天と地が共に世界を創造していく時代が始まったのです。

 
豊かな国をつくるには

21年前、富士のふもとに木の花ファミリーは誕生しました。それは、「こういう世界をつくりたい」という自分たちのビジョンがあったわけではなく、全て天意から始まったことでした。そしてその歩みは常に、「天の理」と「地の理」が循環していました。
「天の理」とは、天の大神様である天之御中主の道。天の法則がインスピレーションとして降りてくること。そして「地の理」とは、地の大神様である国之常立の道。人間が地上で経験を積みながら一つひとつ階段を上って天に向かっていく道であり、心を緻密に磨くことを説いたお釈迦様は、国之常立大神、すなわち艮の金神と同じ役割を担っていたのでした。
この天と地の二つの大神様の心が現しているのが、宇宙創造の大本となる神の御心「あってあるもの、なきてなきもの」です。そして私たちは皆、もともとそこにいて、今またもとのひとつへと還る旅をしているのです。ちょうどオルゴールのねじが、音楽を奏でながら、もとへ戻ってゆくように ━━━━━━ 。

いさどんは言います。
「いつかこの国を司る人たちがここへ来て、こう問いかけます。『私たちはこれまで、この国を豊かな国、本当に人々が幸せな国にしようと一生懸命努力してきましたが、いくらやってもどうにもうまくいかないのです。どうしたらこの国を正しく導くことができるのでしょうか。』
それに対して、僕はこう答えます。『それは、仕組みや制度をつくることではありません。ここにある自然を見てください。そして、そこに生きる人々の心を見てください。このような心で人々が暮らせるようになった時、そこは本当に豊かな国となるでしょう。』」

 
真実に目覚め、本当の喜びへ

2015年1月31日。
3度目の開催となる富士浅間木の花祭りに、金色の鬼の面に白い衣装をまとった艮の金神が登場しました。
これは、榊鬼の面に魂を吹き込もうと独自の面を制作していく中で、いさどんにふと「面を黄金にしてはどうか」というインスピレーションが湧いたことがきっかけでした。出来上がった面はもはや榊鬼ではなく、艮の金神でした。そこでこれまでの榊鬼に加えて、封印を解かれた艮の金神が登場する演目が新たに加わったのです。
「鬼が云う」と書いて「魂」となります。魂とは、この世界の仕組みのもとにある心。鬼は人間に、この世界の道理を伝えるものなのです。かつてこの世の立て直しを託された艮の金神が登場することで、「生まれ清まり」を表すこの祭りに新たな魂が吹き込まれたのでした。

祭りの数日前、眠っているいさどんのもとに、明け方、サッカーボールほどの大きさの光の玉が降りてきました。天井からゆっくりと降りてくる光の玉を、いさどんが「何だろう」と思って見ていると、その玉から腕が2本、にゅーっと伸びて、左右に振りながら「うれしいな、たのしいな」と歌い始めたのです。
いさどんは、ああ、これは艮の金神についてくる八百万の神々の姿だ、と思いました。かつて心磨きを嫌い、金神を封印した八百万の神々たちが、真実に目覚め、本当の喜びを享受している。そしてそれは、祭の中でただひたすらに舞い踊り、自分という囚われから解き放たれてひとつになっていく人々の姿なのです。

花祭り

生まれ清まり舞い踊り
うれしうれし たのしたのしの 世が開く

 

艮の金神と翁の問答
〜 富士浅間木の花祭りより 〜

金神様(back)

翁 
伊勢天照皇大神 熊野権現 富士浅間 ところは当初の氏大神。木の花の佐久夜の御庭におわします、金色(こんじき)の尊き姿の御身は、どなた様にてござりましょう。

金神
この方は、艮の金神と申す。

時いよいよ来たれり。この度は、地球(くに)最後の天意転換(たてなおし)。一度に清める神幽顕の三千世界。汝らの宇宙(うつ)、光一つ上ぐる仕組み。今の世は「我よし、力よし」の獣の世、蛇の「あやま知」支配する、穢れ逆巻く魔釣り(まつり)の世。


艮の金神とはいかなるお方にてござりましょう。

金神
この方は、宇宙(うつ)を創りた元つ神。こ度の宇宙の天意転換(たてなおし)、始原(はじまり)の、時より決まりてありた事。この方隠れている間、「我よし」「あやま知」逆巻いて、神が息の出来ぬほど、穢れ汚れたこの世界、最後の最後の大仕上げ。この方再び現れたなら、光に穢れ混じること、適わぬ世となるべきなり。古き仕組みに変わりたる、新たな仕組み始まれり。

縁ある御魂引き寄せて、掃除洗濯 済みしものより、神の使える器となりて、こ度の尊き天意転換、汝らご用に使うてやる。


一度はお隠れなされた御身が、再び現れ出ると申されるか。

金神
いかにも。この世は逆さまじゃ。どうにもならぬ者どもを、今から改心させるため、世の中ひっくりかえすぞよ。これからは、神人、天地が一体の「弥勒の世」が始まるぞ。

故に皆々様、御魂磨いて下されよ。御魂磨かずおられては、使えるものにはならぬぞよ。
神多くの人民の、御魂目覚めて欲しいのぞ。汝ら皆々大切な、地球(くに)の日月の神々じゃ。
一なる花を二の花へ、二なる花を三なる花へ、大和の御魂を呼び覚まし、腹にまことを据えるのじゃ。
ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト
ヒからトへの尊き道を歩みきったるその先に 真のヒトの姿現れる。
この心、天教山より日の本の、隅々にまで広げるぞ。汝らその役、引き受けられい。


引き受けましょう。我らこれより「弥勒の世」、創らんがためありましょう。

金神
皆々様、いよいよ金神動くぞよ。さすればこの世、嬉し嬉し、愉し愉しの世となりて、真の世が花開く。皆々笑え、愛し合え。真次々現れくるぞ。

あっぱれ、あっぱれ、富士は晴れたり、日本晴れ。
真の神が現れる。神人共に現れる。弥勒の世の幕開けじゃ。
真の真釣り(まつり)始まるぞ。新たな時代へ、船出の時じゃ。幕開け祝い踊ろうぞ。

 

 

*この物語は、広大な宇宙の流れの中で、地球に起きている時代の流れを紐解き、人類がこれからどのような世界を創っていくのかを探求していくためのきっかけになればと思い、膨大ないさどんの人生体験のエッセンスを表現したものです。

 


7 thoughts on “木の花記 〜金神様の巻〜”

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