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誰もが心を探求するスペシャリストとして生きる時代

4月29日にBSフジにて放映された「アキレアの橋 体操・白井健三」という番組と、5月2日にNHK総合にて放映された「プロフェッショナル 仕事の流儀 松岡修造×スーパー高校生スペシャル」を観たいさどんは、みんなでこの番組を観ることを勧めました。その数日後、二夜に渡ってみんなでそれぞれの番組を観た後、三日目の夜の大人会議では「革命は一人ひとりの目覚めから起きる!」のブログがシェアされました。その後、いさどんは次のように語りました。

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この映像を観ていくと、アキレアの橋からは白井健三くん、それからプロフェッショナルからはピアニストやゴルファー、プログラマー、そしてボクサーが取り上げられていました。僕は、みんなに彼らを目指してほしいという想いで、この番組を勧めたのでありません。まず、彼らのような人たちが現れる時代になったことをみんなに知ってほしかったのです。ただ、彼らも普通の人間なのですよ。そこで僕は、「彼らとみんなとの違いは何なのだろう?」と思いながらこの映像を観ていました。

それは、彼らはストッパーを外したということです。

今回の映像では出てきませんでしたが、高校生の頃からその活躍が人目を引いていた羽生結弦くんがいますね。彼は昨年11月に開催されたNHK杯でショートプログラムとフリープログラムをあわせた総合得点で史上初の300点越えをし、その2週間後にスペインのバルセロナで行われたグランプリファイナルでは、さらに記録を更新し330.43点をマークしたのです!ここ一年ぐらいは280点を越えたら金メダルの時代だったのですよ。ところが、羽生結弦くんがNHK杯のショートプログラムで史上初の100点を越えたのです。当時、これは信じられないことが起きた!神業だ!と言われていたのですが、今年の4月に開催された三大陸対抗団体戦で18歳の宇野昌磨くんが公認大会で初となる4回転フリップに成功し、ショートプログラムで自己記録となる105.74点をマークしたのです。

このように、今の最高記録はどんどん更新されていくものなのです。誰かが今までになかったことを成し遂げると、それまでの目標が改められ、新たに記録を塗り替えた人がみんなの目標となるのです。そしてその度に、みんなのストッパーが外れていくのです。これからも、そういったことの連続です。

ところが、多くの人間には「自分にはできない!」とか「わたしなんか!」というおかしな心があり、そのようなストッパーを持っているのです。ある意味、それがその人らしい生き方とも言えるのですが、その自分らしさの中に自分を閉じ込めてはいませんか?

僕は、みんなが白井健三くんになれとか、羽生結弦くんになれ、と言っているのではありません。あなたらしい人生の目標に限界はない、と伝えたいのです。限界は、今の自分がつくっているだけなのです。どこかで人は、「自分はこんな程度だ」と考え、それ以上やろうとしない心があるのです。

もし、もっと自分を花開かせ、可能性を観てみたいと思うのであれば、そのストッパーを外すことです。そのためには、自分を客観的に観えないといけません。人はとかく、今までの経験を元にして、ある時点から「わたしはこういう人だ」と自分を決定し始めます。しかし、経験を積むことはストッパーを外すためにあるのです。それなのに、人間は自我があるがために経験を所有し、それを常識にして、その枠の中にい続けようとするのです。未来は今までの経験を超えていくためにあるのですから、今までの経験を活かすことはいいのですが、それを固定してそこから結論を先に決めてはいけないのです。

それが、自我の乗り越え方です。

今回の映像を通して、新しい世代の人たちが、たとえば音楽はこういうものだというストッパーを外し、先生を超えている発想をすでに持っていることを僕は感じました。そのようにして、彼らは自らの可能性を開花させているのです。21世紀に入った今、若い世代の人たちが人間の可能性をさらに広げようとしているのです。

ただ、そこでひとつ、懸念することがあります。それは、「革命は一人ひとりの目覚めから起きる!」にもありましたが、人間の可能性を広げることは、人類に貢献するためにあるのです。もしくは、生命として地球に貢献するためにあるのです。ところが、映像で取り上げられていた人たちの段階では、まだ世界が狭いので、自分の能力の開花だけを目標にしています。確かに新たな時代は訪れているのですが、まだまだ個人の願望の上にそれが表現されているのです。ひとり、プログラマーの彼は「人類の進歩に貢献することをしたいと思っていて、ただお金儲けをして億万長者になるよりも、人類を前に進めたほうがかっこいいと思ったのです」と言っていました。僕は彼の未来を楽しみにしています。彼が語っていることが、近年における人類が到達すべき目標です。

先日、40代の女性の相談を受けたのですが、僕が彼女に伝えたのは、「あなたは能力が高いのですが、その能力は宇宙や地球生態系の構造、そして時代の流れと一致していないのです。だから、その高い能力があなたの人生の中で問題事の種となってしまうのです」と伝えました。そういったことを怠っていると、この世界の仕組みではその人が発生させた矛盾の分だけ、人生に滞りが起きるようになっています。そういったことが明快に示され、それを感じ取る人々が今の社会に現れてきています。ですから今、人類はそのように生きていく時代に入ったのです。

ここには、これからコミュニティをつくりたいという人たちが訪れますが、僕は彼らにこう伝えます。「この世界は無限の生命の循環によって成り立っているのですから、コミュニティはつくるものではなく、時代とともに成っていくことなのです。時代が表現されていくときに、人間一人ひとりはその時代を表現するためにふさわしい役割を与えられ、生まれてきているだけなのです。ですから、それは自分がやりたいと思ってやることではないのですよ。逆に、強くそういったことを望んでいるような人は、そのこと自体が自我が強い表れですので、コミュニティに不向きな人と言えます。」

しかし、そういった人ほど、自らの実態が観えない人が多いですね。このように今、人間の意識が真に変わるときが来ていることは確かです。

今の人間社会は、矛盾が山積しているように見えます。しかし真実は、この世界に間違いなどひとつもありません。正義も悪もありません。もしそこに問題事があるとしたら、それは「無知」であるということです。無知であることが問題の根本的原因です。そして、それはどのような無知なのかといえば、この世界の成り立ちに対して無知であり、自分自身の存在に対して無知であるということです。

それに対して、知恵を持っている者とはどのような者なのでしょうか。それは、無知は無知でも、「無限なる知恵」を持っている者のことです。無限に経験を積み重ね、知恵を得て、成長していく者であり続けるということです。そういった精神に到達したときに、人間から個人の願望を実現させたいという意識が消え、宇宙生命として生きることになるのです。

そのために人間が取るべき姿勢は、時代から受けている使命を果たし、この世界から受けている自分たちのポジションを担うことです。それが、わたしたちが存在する意味なのです。自分は全体のために存在しているのですし、全体は自分を存在させてくれているのです。それが一致したとき、わたしたち一人ひとりの健康が実現し、真の平和が地球上に訪れるのです。

人類はいつそういったことに気付くのだろうと僕は思うのですが、今度オバマ大統領が広島を訪問しますね。広島へ行くのであれば、長崎にもぜひ足を運んでいただきたいと僕は思います。これは世界中が今、注目しているトピックです。彼が急に広島へ来ることになったのも、時代がドッと動き出した感じがしています。これは日本の都合やアメリカの都合で、オバマ大統領が広島を訪問するのではありません。これは明らかに、時代が次の段階を迎える前兆だということです。

それで今日の映像の話です。彼らはこれまでの常識や、「これが今の世界の最高だからこれ以上はない」といった発想を無視し、そういったスイッチを切った人たちなのです。これも、新しい時代の人たちが始めたことです。

そこで、わたしたち木の花ファミリーは今の時代にどのような役割をいただき、そしてどのようにスイッチを切っているのでしょうか。それは、「自我」のスイッチを切っているのです。自我のスイッチを切るからこそ、このような暮らしが可能になるのです。ここではすでに、みんなでお財布ひとつで暮らしていますね。自分のものをみんなと共有していますね。そして他人の子どもを自分の子どものようにかわいがり叱ったりしますね。そういったことを世の中にいるどれだけの人ができるのでしょうか。そのような区別のない世界は、すでにここで実現されているのです。

しかし、自我は粗いものから細かいものまでたくさんあるのです。そうしたら、彼らが毎日自分の能力の限界まで挑戦しているように、わたしたちは毎日ひたすら自我と向き合い、自我をきれいに取り去る心のスペシャリストとして、「えっ!!人間にそこまでできるの??」という境地にまで到達したいものです。

そういったことをイメージして、僕はこの映像をみんなで観ることを勧めました。彼らはピアノやコンピューター、アスリートなどの分野で新たなストッパーを外しながら活躍していますが、わたしたちは心のストッパーを外すスペシャリストなのですから、そういった意味で、わたしたちは白井健三くんや羽生結弦くんと同じなのです。わたしたちは心を探求するスペシャリストであり、人類の未来の見本として生きているのです。

時代は、確実にストッパーを外しながら紡がれています。ですから、「自我」というストッパーを外すことが、わたしたちが生きている真の姿であり、目的なのです。そして今、時代は誰もが心を探求するスペシャリストとして生きる段階に入ったのです。

自我のストッパーを外すことを優先できる人は、時代と共に生き、時代に貢献できる人です。

 

 


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