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ヒトイズム

─ ヒトという存在の実体は 何ものなのか ─

 
いさどん:
出口王仁三郎聖師がこの世界の仕組みを説いていたのは、今からおよそ100年も前のこと。今解明されてきているようなことがわかっていたかどうかは別としても、人としてあるべき姿勢はとっていた。それが「宗教」であってはならないということで、彼らは「大本」と名乗った。当時の日本の人口は5000万人ほどだったが、日本人の約4割が信者だったという説もある。

当時は、天理教などの宗教が世の中をリードしていた時代だった。そういう時代だったということなのだろうが、様々な教えを説く人が現れて、どれも宗教になっていった。王仁三郎聖師の弟子であった岡田茂吉氏は、独自の宗教観を持つに至り、世界救世教を立ち上げた。同じく王仁三郎聖師の弟子の谷口雅春氏は生長の家を立ち上げ、そこから影響を受けた五井昌久氏は白光真宏会を立ち上げた。みんな組織宗教となり、それが今も存在している。そういう時代だった、ということでもあり、そういった人々は、今に至る組織宗教の道を創ってきた張本人たちだとも言える。
彼らは、人として外れた心をしていたわけではない。だから、このような結果になって申し訳ないというか、本人たちも不本意なことではあるだろう。歴史を振り返れば、空海や最澄が出てきた時代もあれば、親鸞や日蓮が出てきた時代もあり、世界的な音楽家が相次いで誕生した時代というのもあった。時代がそういったものを生み出しているのだ。時代の要請を受けて出てきているのだからやむを得ないとはいえ、彼らの教えは見事に組織宗教への道を歩んできた。

ともこ:
そう思うと、本当に時代の意志を感じ取ることが大事だね。時代が今どう進もうとしているのかを感じ取り、それに沿って生きる。だけどそう考えると、「時代を創る」ということは果たして人間に可能なことなのかな。

いさどん:
時代には、骨組みがある。それは星と星との関係や、太陽系が銀河を何周回ったとか、らせんをどれだけ描いたかということによって変化していく。星々の振動や自転や公転によって、大枠が決まっていくんだよ。
その大枠の中を、トキが進んでいく。そして星々の振動や回転によって、打ち出の小づちのように、現象が振り出される。その振り出される時に、この世界へのひとつの味付けのような形で、そこに存在する者たちが何らかの形で関わることはできるかもしれない。星々が紡ぎ出すサイクルには様々なものがあり、例えば今の人間の寿命なら80年だ。それは宇宙からしたらほんの一瞬のことだろう。そこについては、もしもこの仕組みを理解したならば、自らの意志によって何らかの影響を与えることはできる。
しかし大枠については、例えば惑星や恒星の動きのような全体のリズムに至っては、コントロールすることは不可能だろう。それはもっと大きな意志に委ねられている。明らかに宇宙は生きていて、意志を持っているのだから。ただ、もしも我々の魂の次元が高くなり、視野が拡大して魂が完全に巨大な宇宙にちりばめられ、その巨大な宇宙に存在する司令塔のようなものに組み込まれるとしたら、大枠の動きとなって全体のリズムに関与する側になることも可能だ。そこまでの可能性が、人間には与えられている。

大切なのは、そういった領域を想像し、そこに思考が関わっていること。それによって初めて可能性が開く。まったく考えもしないような世界には、絶対に関与することはできない。固定概念に囚われず、いかにフリーにものごとを考えるかということだ。
しかしそのフリーな思考が、何の根拠もないものでは意味がない。そこにはやはり道理が通っていなければならない。その道理のスケールが大きいか小さいかというだけの話だ。

スケールを広げて、何億年という単位で時間軸を観てみよう。何億年というのは星の生死のサイクルだ。我々人間は、1年というサイクルを紡いで、およそ80年という寿命を持っているが、星々は何億年というサイクルを紡いで、何十億年、何百億年というサイクルで存在している。
太陽や地球はおよそ46億年前に誕生し、今日まで来ている。そしていずれは賞味期限を迎えて消滅していく。太陽の生命活動は、「誕生」して「維持」して「破壊」して、そして「空」になるという「成住壊空」のプロセスを辿っており、それで1サイクルだ。その太陽に惑星として関わる地球のサイクルは、もっと小さい。その地球に関わる生命のサイクルは、それぞれもっと小さく、微細だ。そこで何十億年というサイクルの意識を持っていたら、地球のサイクルに関わることはできるわけだ。

そういったスケールで考えてみよう。いつか地球が三次元生命を維持することができない状況に陥る時、生命の種を新たな場所へと移住させる。物理的に言えば、例えば元素のような生命の一番元となる単位のものを移住させる。霊的には、魂を引き連れていく。物理的要素を束ねている魂たちがいて、それを引き連れて新たな場所へと移住する。これはまさしく、宇宙版ノアの箱舟だよ。
それは、例えばこの地球上で木の花ファミリーを束ねて引き連れていくのと同じこと。スケールが大きいか小さいかだけで、仕組みは同じだ。宇宙を旅して新たな銀河へ向かい、そこに三次元生命を発生させる。その次元の発想を持っていれば、将来そこに関わることができる。何億年というサイクルを意識の中に持っていれば、十億年単位でそれを表現していくことができる。この宇宙空間で新たにそれをやろうとすることは、不可能ではない。なぜなら、地球にこういったものがいつしか始まったということは、どこかにあったものが移住してきたということになるのだから、地球が既にそれを立証しているのだ。

───── すごいね。今ね、目の前で、ブルーの光が点滅していたんだよ。いつも目の前にブルーの光が見える。その光というか、雲のようなものが、ぽわっ、ぽわっ、と暗闇の中で点滅していた。それが今、だんだんゆっくりになって、ゆっくりになって・・・・ああ、今、消えようとしている。
最初はブルーで、中心が白かった。その青白い光がだんだんブルーになって、ゆっくりになるに従って紫になって、それでだんだん・・・・光が小さくなっていく。紫の中心は明るいね。とても点滅がゆっくりになっている。ぽわっ、ぽわっ、と、終わっていく。何か、銀河雲の中に消えていくようだ。

ああ、そうか ───── 。

ある星が光っているということは、生きているということだ。それが終末を迎えると、光が強くなり、やがて消滅していく。そして完全に光が消えて、生命活動をしていない星が、宇宙空間にはたくさんあるそうだ。それは、見えないんだよ。存在がわからないんだよ。闇の中にあるものだから。
人間は、生命活動が活発な星だけを確認している。しかし実は、ダークマターと言われる闇の中にも、生命活動を終わって休止している存在があるそうだ。

ともこ:
それって、すごい数なんじゃない?

いさどん:
すごくいるんだよ。ひとたびある星が強い光を発すると、その光が休止している星々に当たり、それがたくさんあるから雲のように見える。太陽の光が降りてきた時に、水蒸気の粒がたくさんあると、それに光が当たって雲に見えるでしょう。それと同じだよ。今突然、そんな風景が目の前に現れた。

大切なのは、どこまで思念をフリーにして広げられるかということだ。フリーになれば、思考は自動的に湧き出てくる。例えば目が自動焦点になっているように、焦点をぐっと絞って観る。それを意図してやるのではなく、瞬間瞬間のニーズに合わせて、自動的に焦点が絞られていく。だから、気付きは自動的に湧き出てくる。それは自分の頭であれやこれやと思考を回して出てくるようなものではないんだよ。
その気付きの自動焦点機能が働くようになるためには、どうしたらよいか。それには、自らの精神を研ぎ澄ませて、無我の状態でいるということだ。研ぎ澄ませて無我の状態でいるということは、緊張も一切ないということ。リラックスして自由自在な状態だ。その状態で、思考を巡らせてみる。

「人生」というと、地球上で人として生きるという意味だね。しかし「人存」というと、人として存在するという意味になる。それは、人生よりももっと永遠なるものとして存在し、スケールもずっと大きい。人間は今、80年まで寿命を延ばして人生というサイクルを持っているが、人存というサイクルは、それこそ星と同じように、何億年というスパンで存在する。それだけのスケールのサイクルを、人として存在する。

ともこ:
人生っていうと、そこには生死があるよね。人存には、死がない?

いさどん:
宇宙創成のプロセスは、「ヒ・フ・ミ・ヨ・イ・ム・ナ・ヤ・コ・ト」という数理で表すことができる。その始まりである「ヒ」から最終の「ト」までのプロセスを理解し、それらを統合して成り立つ存在が、ヒトだ。それが時代人(じだいびと)であり、時代主義(Eraism=エライズム)を生きる存在だよ。
英語には” humanism(ヒューマニズム)”という言葉があるでしょう。超自然的な存在よりも人間の理性や尊厳を重んじる人間中心主義のことで、その元になっているのはhuman(人間)だ。それに対して、人間が魂だけの状態になり、宇宙の始まりから終わりまでの仕組みをマスターした存在をヒトというのだから・・・・ヒトイズム!これはヒトイズムだよ!

やはり、世の中がここまで行き詰まってくると、人々に新たなフロンティアの夢を与えなければいけないね。新たなフロンティアとは宇宙時代にあり、それは次の時代を語れる人でなければ与えることはできない。
今、社会は欲の渦に巻き込まれて成り立っている。それは自制心でコントロールできるものではなく、どこかで振り切ることが必要だ。しかし、個人は既に、こんな社会はおかしいと感じ始めている。そして社会と一線を画しながら、それを止められずにいる。だから、社会よりも先に個人が目覚めていくだろう。

ともこ:
この世界の仕組みをマスターするのに、やっぱり星ではなくて、人としての形態をとる必要があるの?

いさどん:
ヒトというのは、人間という地球上で物理的に進化してきたもののことではないんだよ。それは、物理的に進化してきたものが最終的に到達する目的地点であり、宇宙にはもともとヒトという意識レベルの存在があったはずだ。なぜなら、ヒトとは宇宙の仕組みをマスターした存在を言うのだから。
ついつい人間たちは、ヒトのことを人間と勘違いする。人間とヒトでは、定義が違う。ヒトは形ではない。宇宙の法を理解し、マスターした存在をヒトと言うのであり、それは目覚めということでもある。

昔、人々は天の星々を見て、今自分はどこにいるのか、季節はどのように巡っているのかを知っていた。まず、太陽を見る。次に月を見る。そして星を見る。命と天体が直結し、それによって自分たちが生かされていることを理解していた。それは思考を超えたものだ。人間の中にはそれを感受する受信機のようなものが内在していて、その時代にはそれがまだ生きていた。今は全て携帯などに置き換わってしまったけれどね。

ともこ:
カレンダーができて、時計ができて、そういうものを頼りに今の人間は生きている。だけどそれも元をたどれば、すべて天体をベースにして創られている。

いさどん:
だから、すべては星なんだよ。天体なんだよ。すべては天の意志だ。どうしてそんな当たり前のことを忘れてしまったのだろう。今もそれによって生かされているのに。
我々が天体の動きを感じるのは、目や耳などの五感で感じる程度のものだろう?それを眼耳鼻舌身意という五感+一感、つまり六感で解釈していくのだが、その奥に、それを統括しているものがある。その統括しているものが、受信機になっている。それが我々の体だ。体は全細胞の集合体であり、細胞の一つひとつが受信機だ。その受信機が星々と対話して、我々は生きている。それがヒトの本当の姿だよ。それなのに、そのことをまったく考えもしないのは、ある意味退化している。それを復活させるのが、目覚めるということなのだろう。それが時代人であり、ヒトなんだよ。

昔はそういった位置に行った者を聖人と呼んだ。するといつしか神格化されてしまい、仏像のように祭壇に祀られて崇められ、身近な存在ではなくなっていった。しかし本来、すべての人がその領域へ行く潜在能力を持っている。その時代が始まった。誰かを崇めるのではなく、日常会話の中でそれが語られたり、表現されていく時代だ。

人間は何か滞りに出会うと、それを不愉快なものだと捉え、滞りを避けようとする。しかし滞りを乗り越えた時、そこでは必ず一回り進化した新たな世界に出会う。つまり滞りとはとても大切なものであり、我々にはその滞りの正体を見極めるだけの余裕が必要なんだよ。
それには、0.5秒待てばいい。どういうことかと言うと、地球46億年の歴史を1年に例えると、イギリス産業革命が起きたおよそ250年前から現在までは、たったの2秒間だ。その2秒の間に人間社会は劇的な変化を遂げたが、それも宇宙の歴史からしたらほんの一瞬のことであり、時代は常に先へ先へと進みながら、確実に変化し続けている。そしてそれはひとつらなりの物語となって、永遠に続いていくんだよ。そういった大きな視点を持てずに自らの物理的寿命に囚われて何とか解決しようとすることは、とても気の短いことだとも言える。
そこで、0.5秒待てるかどうか。その余裕がなければ、宇宙の実体は観えてこない。

例えば、医者が病気について「今病気はこのように進んでいて、それをこういう風にすればこうなって良くなりますよ」と言うのは、科学的分析の結果の話であり、人間が理屈で理解して納得できる世界だろう。しかし、この世界は人間の理屈を超えたところで成り立っている。だから科学や理屈で考えて納得できるところを超えた時に、奇跡が起きるんだよ。

宇宙は奇跡の連続だ。なぜなら、もともと人間の思考のキャパを超えたところで成り立っているのだから。だから宇宙を生きるという意識レベルを考えるのならば、科学や理屈を超えたところでものごとを受け取る器を持つことが必要だ。そうでなければ、真実は観えてこない。
それには、人間壊しをすることだ。人間を壊して、ヒトとして存在する。それがヒトイズムだ。

さて、それがこれからどのように世界に現れてくるのかが、楽しみだ。

 

 

Source of image:www.stuffhood.com/post/emma-lindstrom


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