究極のコモンズとは?

6月3日から7日まで、河口湖周辺の会場で「国際コモンズ学会」が開催されました。この学会は、自然資源、人工物などを複数の人々でどのように調和的に活用していくか、それを管理する組織や社会的な仕組みなどを研究することを目的にしています。
そして6月6日、そのフィールドトリップの一環としてエントリーした木の花ファミリーを、アジア、アメリカ、アフリカの各地から17名のゲストが訪れました。

畑を見学するゲストたち
畑を見学するゲストたち

見学ツアー、昼食、ウエルカムコンサート、プレゼンテーションの後には座談会の場がもたれ、いさどんはじめ数名のメンバーも参加しました。その中である外国人の方から、「コミュニティメンバーになるときには皆さんの財産も一緒に持ち込み、コミュニティ全体と共有することになると思いますが、もしコミュニティを離れたくなったらその財産はどうなるのですか?」という質問が投げかけられ、いさどんは次のように答えました。

座談会のようす
座談会のようす

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いさどん
そういった質問をする人はよくいます。では、なぜそういう質問が出るのかというと、メンバーである人の精神性が共有できていない場合にそういった質問が出るのです。
ここのメンバーになるときには、まず、木の花の世界観を皆で共有してもらいます。それは「木の花憲章」という形でつくられているものであり、それを理解した上でメンバーになるわけです。ただ、多くの人がここのメンバーとして参加しますが、すべての人がその意志を継続できるのかというと、時々メンバーから抜ける人もいるということです。そのときに適用される規約もありますが、それ以前に、メンバーとしての意識が共有できているかどうかがとても重要なことになります。

皆さんは「コモンズ」の研究をされているわけですが、私たちは土地などの物理的なもののみならず、精神性まで共有する生活を送っています。ですから、悲しみや喜び、そして学ぶということも皆で共有するわけです。そして、それは決してここだけのものではなく、自然の仕組みを紐解いていくと、この世界自体がまさしくそういった姿になっています。
今日は、皆さんとそこのところを共有したいと思い、今この場にいます。

例えば、私たちはひとつの太陽のもとにいのちを紡いでいます。さらに、ひとつの海のもとにも、私たちはいのちを紡いでいます。太陽が降り注ぎ、雨が降り、そして大地に植物が芽生えてきます。その芽生えてきた植物は私たちのいのちに変わるわけです。そして、私たちは嫌いな人とも共通の空気のもとに生きています。
それから、この空間です。私たちはこれを大地の上にある生活空間と思っていますが、実は宇宙空間も私たちは共有しているわけです。今、共通して私たちは1秒間に30km移動しています。それを1年続けると、太陽のまわりを一周することになります。そして、秒速470mでこの星は自転しています。それで、今日のお昼に出会ったみなさんと一緒に夕暮れを迎えようとしています。
そうやって、私たちはこの世界の仕組みから自分たちを観てみると、共有していることが沢山あるのです。その中でも、もっとも共有しているものが時空です。過去から未来へ時間が刻まれていく中で、私たちは瞬間を共に歩んでいるわけです。

その中で、地球の生態系は様々な生命がそれぞれオリジナルないのちを表現しています。それは生態系として循環しているわけですから、小さく観ると弱肉強食になります。しかし、ライオンとシマウマの関係で言えば、お互いが存続するために絶対必要なものとして、いのちのバトンタッチ、リレーがされているということなのです。
ライオンに食べられたシマウマは確実にライオンのいのちに変わっていくのです。そういった生き物は自らの体を大地に返し、植物になり、それが循環しています。宇宙も含めて、私たちは共通した中にいると考えたときに、自らと他者との区別がどこにあるのだろうかと私は思います。

人類の中には相変わらず沢山の対立がありますが、二百何十万種と言われる地球上の生命の中で、この世界の仕組みに対してこういった矛盾を生きているのは人間だけです。その仕組みを知り、他者と自らが同じであり、さらに、他者によって自らが生かされていることに気付けば、すべてを共有するのは当然のことなのです。ですから、違いによって対立したり、違いに興味が行くほうが不自然だと思うのです。
多くの人々が病気や対立、国家間の戦争によって苦しんでいます。それは自分という意識から外を観て、違いを比べるからです。
私たちは地球人、インド人、アメリカ人、そして人間、一体何なのでしょうか?もしかしたら、私たちは宇宙人でもありますよね。そうしたら、地球の外からこの地球の姿を観ると素晴らしい世界ですが、宇宙の仕組みやこの宇宙に唯一存在する地球生態系の仕組みから私たち個人を観たときに、自らと他者を区別する必要があるかどうかです。
私たちは共通の地球上に生きているすべての生命と家族なのです。そして、人間はその能力を持ってこの生態系を壊すこともできれば、より発展させることもできるのです。

「ハルマゲドン」という言葉がありましたが、それはある意味破壊ということで人々は恐怖に思っていました。しかし、そういった個人のエゴや自らの側の主張ではなく、全体の仕組みに目覚めて、地球人として、もしくは宇宙人として、生態系の中の一端を担う一人として調和し、共有して生きていく平和な時代を築くために、古い価値観を壊すという意味でのハルマゲドンなのだと私は思っていました。
私は21世紀の早い段階に人類はそのことに目覚めるのではないかと期待しています。私のイメージの中にはそれがあって、皆にこの生活を提案し、実践し始めたわけです。

日本には東京大学という大学があるのですが、その大学院の日本や外国の学生たちが昨年ここを訪れました。彼らはサスティナビリティ(持続可能性)ということについて研究していました。
そのときに彼らは、「私たちは知識としてサスティナビリティということを研究してきましたが、実際の現場はほとんど見たことがありませんでした」と言うのです。それで、ここを訪ねてきたのです。そこで、私はこう伝えました。
「制度としてのサスティナビリティはいりません。私たちの存在が地球上の生態系というひとつの生命システムの中にあることに気付けばいいのです。もっとも、地球は宇宙の中にたったひとつで存在しているのではなく、太陽のもとに他の惑星と調和しているわけです。さらに、太陽は止まっているのではなく、2億5千万年かけてこの銀河系をまわっています。そういったことからすると、私たちは自分である前にこの世界の仕組みの中に存在し、この世界そのものだということになります。そのことに気付いたときに、自らを主張する前にこの世界のために生きて、そしてこの世界に生かされているということになるのです。」

これが究極の「コモンズ」だと思います。そういった考えのもとに、私たちはメンバーを迎えています。ですから、ここのメンバーであろうがなかろうが、私たちは常にこの世界を共有しているのです。
残念ながら、地球上でここまで共有している人々の暮らしをほとんど聞いたことがありません。しかし、私たち人類は、地球人として、さらに宇宙人として目覚めたときに、そういった暮らしが地球で可能なのか?人類にとってそれが可能なのか?といったときに、そのモデルが必要になってくるわけです。それを求めてきた人たちのために、私たちはここでこの生活をしています。
ですから、その精神を持っていることが大切なのです。その精神を十分に持てていない人は、自由に普通の生活をすればいいということで、ここを離れていくときに引きとめることはしません。

そういった時代が21世紀のうちに地球上に訪れます。広い世界観を人々が持つことによって、政治家や宗教家に世の中を良くしてもらおうと頼まなくても、ひとりひとりが目覚めれば良い世の中ができるはずなのです。

130606-163338-001外国人ゲスト
私は皆さんが経験や専門知識をこうしてシェアしてくれたことに対し、感謝を述べたいと思います。私たちは世界中のコミュニティを研究している学者や実践者のグループなのですが、もし私たちが突っ込んだ質問をしているのであれば、それは皆さんのコミュニティを否定するものではなく、どのようにコミュニティが運営されているのかという詳細を見出し、それを世界中にある他のコミュニティと共有したいからなのです。ですから、皆さんのコミュニティでは何がよく機能し、どのような問題があるのかを知りたかったので、私たちはとても具体的な質問をしました。

いさどん
私たちが質問される多くのことは、コミュニティを研究する人もこういった暮らしに興味を持っている人でも、細かいところに興味が行くものですが、私たちはなぜコミュニティが必要なのか、そもそもコミュニティとは何なのか。もっと広い視点から自分たちを観ていくと、実は私たちは「地球コミュニティ」に生きていることが理解できるわけです。
そうすると、小さなルールというものは、そこに出会った人たちの個性としてあればいいのです。ですから、それはコミュニティによって違っていいわけです。それから、そのコミュニティを形成するメンバーひとりひとりも窮屈な決まりごとに縛られる必要はないのです。

窓の外に観える植物や、土の中にいる虫や動物たちすべてが自らを誇らしく表現しながらこの世界を紡いでいるように、私たちもそうやって自分の尊厳を保ちながら生きていけるようになるのです。それがコミュニティの理想だと思うのです。

外国人ゲスト
私たちのグループを代表して、こうやって皆さんが私たちを温かく迎えてくださったことにお礼を申し上げたいと思います。

いさどん
残念ながら、今回は少ししか皆さんとお話する時間がとれませんでした。ただ、私たちは今日物理的に出会って、初めて知り合ったように思うかもしれませんが、この星の上に同じ生命の人類として共に生きてきたわけです。皆さんは「コモンズ」ということを研究していらっしゃるということですが、皆さんの資料を私は見せていただいて、まさしくここはコモンズの精神を表現している場だと気付いたのです。
そういうことからすると、初めて出会ったのではないですし、いつかまた、地球の未来に向かって私たちひとりひとりがどのような意識を持っていったらいいのか、皆さんともっと深く話し合える機会を持てたらと願っています。

素晴らしい生命の星であるこの地球上に存在する200万種類以上の生命の中で、たった1種類、人類だけが特別な生き物なのです。思考し、喜び悲しみ、未来を創っていくことができる生き物なのです。他の生命にそのような能力は与えられていません。
しかし、その能力を人類だけのためや個人だけのために使ったら、人間以外の生命はそのことによって大きな迷惑を被るでしょう。そして、この素晴らしい生態系は壊れ、多くの人々が人間の中にいながら苦しんでいくことでしょう。人間の能力をどちらの方向に向けるかによって、未来はかかっているのです。
未来を経済界の人たちや賢い大学の先生、政治家たちなど特別な人たちに任せず、ひとりひとりがそのことに目覚める時代が来ていると思います。これはとても優しく、ソフトで平和的な革命です。そして、それが21世紀中に訪れると私は思っています。

外国人ゲスト
本当に感謝しています。この座談会の時間自体が私たちにとってとても大切な時間でした。私たちにたいへん多くのことを考えさせる機会となり、ありがとうございました。

いさどん
ぜひまたお会いしましょう。

 

コモンズ学会のみなさん
コモンズ学会のみなさん

 


橋下大阪市長発言から見えてくるもの

今回は、先ごろマスコミを大きく賑わした橋下徹大阪市長の発言を宇宙視点から語ります!
座談会には、静岡県富士宮市議会の現職民主党議員である野本貴之さんにもご参加いただきました。

*  橋下市長の発言については、下記にて全文をご覧になれます。
 5月13日 橋下氏と記者団のやり取り ― 朝日新聞デジタル
 5月27日 橋下氏「私の認識と見解」全文 ― 毎日jp

野本市議(右)を交えての座談会の様子
野本市議(右)を交えての座談会の様子

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いさどん
今回の一連の報道を見ていて思ったのは、橋下さんは政治の世界で生きる人としては正直すぎるし、そうだからこそ軽率でもあるということ。簡単に言うと、国政を担うだけの器ではなかったってことにもなるね。
彼が知事になった当時は大阪府政なんて真っ黒けで、そこに歯に衣着せぬ発言で颯爽と登場した橋下さんは、不満でいっぱいだった府民や国民から大声援を受けた。彼は賢明で、言動にも筋も通ってた。ところがそのままの姿勢では、結局、国政を担うだけの器の大きさを問われることになる。政治の現場では、異なる立場の人達とも共にやっていく度量が必要なんだよ。そこを正義感で突っ走って、反感を持たれていたところから一気にバッシングを受けた。つまりは彼の人間性が表面に現れたというだけのことだから、そんなにキイキイ言っていじめる必要はないなあと僕は思うんだよ。

橋下徹大阪市長
橋下徹大阪市長

彼の発言内容を見ると筋が通っていて、根拠のないものではない。かと言って容認するようなものでもないけれど、一つ、みんなに考えて欲しいのは、時代は常に移り変わっている、ということ。人類の歴史として、長い間男尊女卑の世界が続いてきた。海外ではレディーファーストなんて言葉もあるけど、それは男性社会が都合よく使ってきたもので、形を優先して平等の精神を表現することを怠ってきたんだよ。橋下さんの言う従軍慰安婦問題だけでなく、世界で女性たちが歴史上どう扱われてきたか。逆に言うと、女性たちも自らの尊厳に目覚めていなかった。そういう時代から、本当の意味での平等、宇宙の根源に陰陽があるように、そろそろフィフティー・フィフティーの関係になる社会が来てほしいし、来るべきだと僕は思ってる。今回の出来ごとも、そこへ向かっていく時代の流れの中で起きていると見てるんだよ。

橋下さんは一連の騒動の後に出した「私の認識と見解」の中で、今こそ女性の人権を尊重し、新しい時代を創っていこうと語っている。彼のような切り口からそういった捉え方をすることもできると思うんだけど、なぜこんなにマスコミから叩かれるのか。その理由の一つに、彼は沖縄の米軍司令官に風俗産業の利用をすすめたんだよね。そんなことを米軍司令官に伝えたら、軍の規律として否定するに決まってるのに、なんというか、公人である意識が低いというのか、デリカシーが足りないんだよ。民主党の立場からはどう捉えますか?

野本さん
もちろん党内にもいろんな意見はあります。

いさどん
何でも民主党は分かれてるんじゃないの。

野本さん
民主党だけではなく与党の中でも分かれてますが、いわゆる中間よりの方々と、そうじゃない方々の中で分かれています。従軍慰安婦問題で言えば、日本と韓国が合意した日韓基本条約の中でそこは解決しており、韓国の公式見解として個人の対日請求権は放棄して、従軍慰安婦の個々の問題については韓国の国内法で対応する、となっているんです。ところが韓国内でそんなことを言ったら政権の首が飛んでしまいますし、実際にその合意内容が報道された時には非難が殺到しました。だから韓国政府は対外的には強くでざるを得ない。そして日本政府に対して、そうは言っても人道的な配慮として何とかしてくれよと、ある意味泣きついてきているような状態なんです。

いさどん
それは水面下の話?イ・ミョンバク(韓国前大統領)は日本に対してそれなりの措置を取るべきだという強気な言い方をしていたし、韓国の最高裁判所でも、過去の条約で解決していると言っても従軍慰安婦問題は別という見解だったけれど。

野本さん
韓国では、親日的態度は売国奴と言われてしまう面がありますから、そう言わざるを得ないんですよね。外交的には日韓基本条約で解決していて、本来は韓国でやるべき問題を日本に言って来ていること自体が問題だ、というのが日本政府の立場です。

いさどん
それは政治家たちの話でしょ。宇宙的視点に立って語ってほしいね(笑)。

野本さん
それは、大人の、未来的な考えで線引きをしないと、我々の孫の世代や、どこまで先人たちの責任を負い続ける必要があるのかという話が必ず出てきます。

いさどん
だけど、今のような姿勢でいたらどこまでも解決しないで行くよ。

野本さん
韓国の留学生と話たりするのですが、韓国は政治的なパフォーマンスとして対日的に強く言うんですけれども、一般国民の間の個々の文化交流や学生たちの交流では、そこまで日本に対する嫌悪感や謝罪を求める姿勢はほとんどないんです。ある意味建前で動いてるんだと思います。従軍慰安婦の件もそうですし、橋下さんの米軍司令官への発言も、あれは完全に「自由と正義の国アメリカ」「レディーファーストの国アメリカ」としての建て前をぶち破っちゃったもんですから。司令官としては、例えば飲み会のような席ではその通りと思っても、アメリカはあくまでも自由と正義、ジェントルマンの国という建国以来の精神を持ってるので、あなたの言う通りですなんて対外的に言えるわけがない。その本音と建て前を橋下さんは履き違えたんですよ。

いさどん
この騒動を宇宙視点から語るとしたら ― 。
橋下さんが言うような、歴史的事実は実際にあるんだよね。中国でもベトナムでもサラエボでも、これまで世界中で軍による女性蹂躙がどれほどたくさんあったか。そして政府の要請によって、言葉は悪いけど売春婦が戦地へ従軍するということが日本にもあり、彼はそのことを言っている。
ところが、そのような職業的な人もいたけれど、日本軍が相手国の一般市民を強制的に、それこそまだ10代の女の子をつかまえては慰安婦になることを強要したということは事実としてあったんだよ。それは元日本兵たちが証言してる。

野本さん
過去にその証言をまとめたものがありますが、検証した結果、その証言自体が曖昧だという話もあるんですよね。もちろん全部を否定するつもりはありませんが。

いさどん
だけどね、そんなことを言ったら、裁判で強姦か強姦じゃないかを立証する時に、いかにそれが事実であるかをリアルに証言しないといけなくて、その上で立証できたときに初めて強姦事件になるのと同じような話になっちゃうよ。その方向へ話を持って行くと、政治家とか、利害関係の中で突っぱねる人たちの考えになるのよ。それをやっている限り、この問題は次の世代に持ち越してしまうよ。
ここはそんな政治家たちの見解を探る場所じゃなくて、超人類視点に立って、宇宙視点で考えるとどうかという話をする場所なのよ。

事実として、戦争という、精神が異常な状態になる場所で何が行われてきたのか。単に日本と韓国とか、従軍慰安婦問題というようにその部分だけを切り取って見るのではなくて、人間というものが異常になったら何を起こすかということを観ていったら、細かいことを一つひとつ立証しなくても、それはあり得ることだとして捉えられるでしょう。
今回の騒動を見ていて、ここから我々は何をどうするべきかなと思ったら、人類はなぜ戦争を必要としてきたのか、そして、人類の歴史の中で、どうやったら戦争を追放できるのか ― そこを考えていくことなんだよ。その視点に立たないと、いつまでたっても国益だとか立証がどうのとかいう話になってしまう。そうすると心情的なもので常に対立したままになって、永遠にこの問題は解決しない。
大切なのは、ここから先をどうするか、ということなんだよ。

ともこ
うん。どの報道を見ても、言った言わないとか、やったやらない、撤回しろ撤回しないというようなところでばかり盛り上がっていて、根本的な本質のところに議論が向かわないのはどうしてだろうって思うの。

いさお
ネット上でも「どっちが正しかったのか」ということに対する意見がほとんどで、どこまで行ってもけりがつかない。

いさどん
捉え方によっては橋下さんの言ってることも間違ってはいないんだよ。彼は別にバランスの悪い見方をしてるのでもないしね。
かつて日本は、大東亜共栄圏という理想のもとに、欧米の植民地支配から東アジアを解放しようとしていたわけだよ。当時の東アジアの国々にしたら、みんな欧米の植民地だったから、日本軍は一時は歓迎もされた。ところが、やったことが野蛮だった。それが問題なんだよ。
日本の軍隊がどれほど野蛮かと言ったら、たとえば中国で南京大虐殺をしたとかフィリピンで何をやったとかの事実は、いろいろ見方があってわからないことだけれども、事実としてね、アメリカと戦う時にだよ、勝ち目のない戦争をやったでしょ。日本人が日本人の兵隊に対して、どれほどつまらない命令を下して殺したか。そういった日本人の了見を見直す必要があるんだよ。日本人が日本人を殺したんだよ、あの戦争は。

神風特攻隊の少年兵たち
神風特攻隊の少年兵たち

ともこ
特攻隊や人間魚雷も、訓練や設備の不足から実際は自滅のような形で命を落とす人も多かったって言うよね。東南アジアでは、無茶な作戦を続けたために戦死者より餓死者が多く出たところもあった。

いさどん
僕はそこから、日本人の幼稚さを観てるんだよ。そこから考えると、あんな世界観の狭い、捕虜になったら自決すべきと一方的に命令を下すような発想の者たちが、フィリピンやその他の国へ行って尊敬されるような進駐をしたかどうかは想像できるじゃない。
戦後は、物理的に賠償もしてきたし、ずいぶん振り返ってもきたし、謝れって言われれば謝ってきたんだけど、なぜか日本は許されないんだよね。それは何でかというと、何となくだけど、日本人の中に橋下的気質があるんじゃないか、と思うんだよ。今回日本人はみんな橋下さんを非難しているけど、日本人の中にどこか橋下さんと同じような、自分たちは間違っていない、と理屈を並べて正しさを主張したいところがあるんじゃないかな。

なかのん
日本だけじゃなくて他の国もそうだったんだ、とか。

野本さん
戦後、国民は軍事政権に騙されて戦争に参加させられたんだ、こんな戦争を引き起こしたのは東条英機など一部の軍部の責任で、一般国民の我々は悪くない、というのが国民の意識としてあったわけじゃないですか。そして民主主義は素晴らしいってことに価値観が変わったわけですけれども、実際は国民にも責任があったんですよ。

いさどん
そりゃあそうだよ。オウム真理教のような問題も同じことで、社会はオウムを悪者にしてるけど、社会が若者のエネルギーを正しく引き出せなかったからオウムが発生したんだよ。つまり社会がオウムを必要としていたわけだ。その前の日本赤軍にしても、すべては社会から発生してるんだから、それは日本国民の気質なんだよ。

野本さん
そう言う意味では、戦後60年以上たちましたけれども、私は戦後の時の国民性と今の国民性は変わってないと思ってます。戦争を引き起こしたのも止めることができなかったのも日本国民なわけですから。東条内閣の判断力や指導力不足という問題はもちろんありますけれども、町内でも一丸となって熱狂的にそれを支持して、我が子を万歳して戦地へ送り出し、戦争に協力しなければ「非国民」と非難していたのですものね。
でも戦争が終わってガラッと変わった。そしてアメリカ側からの裁判では、一部の軍国主義者たちが先導したから日本国民は悪くないですよと言われてしまったものだから、我々の上の世代の方々は、自分たちは悪くないんだ、軍国主義者たちが先導したんだ、となって、それが今そのまま引き継がれている部分があるのかなと思うんです。

いさどん
僕の親父の世代から直接聞いた感じだと、建て前はそうだったよね。国民は悪くないと。でも親父たちはね、全然戦争に対して反省してなかったよ。橋下さんも言ってるけど、あれは負けたからこうなったのであって、勝てば官軍なんだから、負けたことがいけなかった、日本には正義があった、という発想なんだよ。

当時の「大東亜共栄圏」地図
当時の「大東亜共栄圏」地図

野本さん
勝っていたら、いわゆる大東亜共栄圏ができて、アジアが一つになっていたと。もしそれが実現していたら、今ごろ正義だったということですね。

いさどん
そこは、やっぱり日本は負けるべくして負けた、と思うんだよ。当時の日本の統治の仕方にしても戦争のやり方にしても、意識は低かった。あれで勝っていたらとんでもない国家ができるよ。北朝鮮よりももっと恐ろしい国家ができてるよ。だから負けるべきだった。時代は正しかった、と僕は思うよ。

ともこ
その日本国民の気質というのは、日本人に特有のものなのかな?

いさどん
そうだろうね。この島国で、実力以上のプライドがあったということだと思うよ。
もともと、日本という国は世界で最も神を祀る国でしょ。八百万の神々と共に生きてきた、本来はとても信仰が深い民族なんだよ。自然と共に、宇宙の法則に則って生きてきた精神性がベースにあって、その誇りをプライドとして持ってる。それが、高い精神性が無くなってプライドだけが残っていたんだよ。さらに、戦争に負けて神国としての誇りがズタズタになって、本当の日本人の価値感といったものを持てなくなったところで、変なプライドがまだ残ってるということだと思うのね。
ドイツが意外と他の国とうまくやってるのは、自分の国がやったことをとことん振り返って、ナチスを総括し、民族としての反省をしたわけ。でも日本人はどこかで、大東亜共栄圏という名のもとに東アジアの解放に貢献したんだという思いが残ってるんだよ。
僕がそこで思うのは、日本人は神々と共に生きてきた精神性が高い民族だという誇りを持つべきだとは思うんだけれど、それは高い精神性に根付いた誇りであって、その精神性を十分に保てない、実態のないプライドだけがあるということが問題なんだろうと思うんだよ。

ともこ
戦争の反省も足りてない?

いさどん
日本的には十分振り返っているつもりだろうけど、被害者でもいろいろいるでしょう。例えばいじめにあった人でも、10謝ったら許す人もいれば100謝っても許さない人もいて、それは相手をよく見て、相手に合わせて対処するってことが大切なんだけど、やっぱり日本側の視点からでしか捉えられていないと思うんだよ。こちら側の理屈が主張されてるってことだよ。

ともこ
確かにいくら議論を重ねてもずっと平行線で、距離が近付いていく感じがしないね。

いさどん
それはひとえに、国家を超える意識がないからだよ。
もしも日本が大戦前にうたっていた、大東亜共栄圏として欧米列強の植民地支配から東アジアを救い解放するんだという意識が本物であり、それだけの大きな精神があったなら、自分たちのやったことが愚かであったということを認めて、もう1度手を結ぶことができるはずだよ。
だけど実際は、大東亜共栄圏という名のもとに、日本の国益をただひたすら追求して、欧米の列強がやっていたことを真似しようとしたわけだよね。それは植民地主義を同じ兄弟の国に対して進めようとしたに過ぎないんだから、反感を買っても仕方ないと思うんだよ。

今月横浜にて開催されたアフリカ開発会議
今月横浜にて開催されたアフリカ開発会議

そういう姿勢をしっかり振り返って、自らを見直し、そして成長させていくという作業が、日本にはできていない。今、日本はアフリカを最後のビジネスフロンティアとして、中国や韓国と競いながら進出しているけれど、あれも武器を持っていないだけで、やっていることは同じようなことだよ。そういった自国優先の進出ではなく、地球規模の豊かさを追求するために協働していくことが、21世紀のリーダーシップとして大切なことだと思うんだよ。
もしも謙虚に、しっかりと相手の感情も踏まえながら自らを振り返ることができたなら、中国や韓国がプライドが高いとか被害妄想が強いなんて言って原因を相手のせいにしなくても、もっといい関係が創れるはずだよ。そうじゃない?

ともこ
そう思う。もし、世界の中で日本にできる役割があるとしたら、それっていったいどんなことだろう?

いさどん
まず、これを解決するためには、やっぱりとことん今までの過ちを認めるということだよ。それは、やったことの罪を認めるというよりも、自らを戦争に駆り立てていった、その精神性が未熟であったことを認めるということだと思うんだよ。
それを認めた上で、その出来事を今後に活かしていくために、どう協働していくのかを考える。東アジアとの関係とか、もっと大きくアジア全体や、世界に日本がどう働きかけていくのか。どう他の国と手を結んでいくのかということは、アメリカに対してだって呼びかけていけるわけでしょ。それが新しい意味での、日本の精神性を活かした、ある意味世界のリーダーシップを取っていくような国になる立ち振る舞いじゃないかと思うんだ。それが大人の発想だと思うよ。

尖閣諸島や竹島にしても、そういった問題を共同で考えていく提案ができるくらいの度量があるといいね。譲るだの譲らないだのでちまちま言い合ってる限りは、この関係は変わらないよ。確かに国益からしたらその考え方は大事かもしれない。だけどそれはね、金儲けばかりが優先してる人たちや、絶対にそこは曲げられないというエゴを優先させる人たちにとってはそうなのだろう、ということ。
それよりもさ、平和で安定した世界を創っていこうという、その先駆けになって世界に呼びかけるリーダーとして、もっと意識の高い投げかけが日本にはできるはずだよ。戦争に負けたんだし、原爆も投下されたんだし、日本にしかできない投げかけがあるはずなんだよ。韓国や中国が同調しなかったとしても、他の国々から、たとえばスイスのように、ああ日本はそういう立場なのかと認めてもらえるような立ち位置というのがあるはずさ。
今こそ、地球の中の日本である、という考え方に立つべきなんだよ。そしてそれは我々一人ひとりの意識にかかってるんだよ。

ぜひ21世紀は、地球を国家で分けることを超えて、人類とは何なのかという視点を共有した精神のもとに生きたいものだね。同じ星の上で、同じ太陽、同じ水、同じ空気、同じ大地を共有して生きている者たちがいつまで争い続けるのか。それは21世紀の命題だと思うんだよ。
我々人間は、二百数十万種もの生態系のトップとして、どのような地球をつくっていくのか。人間以外のものは意見を言わないと思ってるかもしれないけど、今の地球環境をよく観てみたら、実は無言で言っているわけだよ。その意見を感じ取って、反映させて、未来永劫持続可能な地球にしていくという時が来てるんだよ。

安倍首相は金融マンになっちゃったけど、いつごろ日本の国益ではなくて、人類の歩みとして、この世界の法則、生態系のルール、宇宙開発が進めば宇宙ルール、そういう視点でものを考えるリーダーが出てくるだろうか。
でも意外と面白いのは、橋下さんは大改革をうたって国民にうけたでしょ。もっと以前には、小泉さんが自民党をぶっ壊すと言った時にもすごくうけた。しかし結果は、国民の期待を裏切ったんだよね。だけど、もしもとことん筋が通っていて改革をうたう人が出てきたら、結構うけるかもしれないよね。環境問題とか持続可能ということを本気で考えて、ただ所得が上がるばかりじゃない、もっと調和的な生き方をやっていこうよという投げ掛けをする人が現れたら、同じ想いが実は人々の心の中に潜んでいて、支持されるのかもしれない。だけどそういう政治家は、まだ現れないね。

ともこ
野本さんに政治家の本音を聞きたいです。例えば韓国の政治家でも、日本と仲良くしたいと仮に思っていたとしても、そんなことしたら自分の首が飛んじゃうから厳しいことを言わなきゃいけないとか、政治的な立場からの建て前ってたくさんあると思うんですけど。

いさどん
そりゃあ、あるだろうね。だって当選して初めて政治家はその立場に立てるわけだから。

野本さん
本音という部分においては、私の場合は地域ですけれども、富士宮市のためになると思えば富士宮市のためになるような議論はしますね。対人関係においても、ストレートにものが言える状況があるかというと、ストレートに言ったら人間関係が崩れちゃうから、これは建て前にとどめておこうというのはもちろんあります。個々の社会人としての常識やルールでも、人間関係をうまく保つためにやっていますね。

いさどん
政治家になると余計にそれが出てくるんだよ。

野本さん
まあ出てきますね。一議員としてはある程度自由に話ができるんですけれども、これが仮に市長という立場になったりすると、自分と考えが違う人たちも市民としているわけですから、発言自体も最大公約数で考えないといけなくなるわけですよね。お互いにここまでだったら共通の理解が得られるかな、というところまで公約数を作って、そこでの発言をせざるを得なくなるというのは、立場としてあると思います。あまりストレートに言ってしまうと、反対の人からじゃあやめろと言われたりして、市政もできなくなるわけですから。

ともこ
ストレスたまらないですか。

野本さん
たまる人は選挙に出られないと思います。胃潰瘍になって病院行きになるだけです(笑)。

ともこ
自分の理想としての社会があるとしますよね。でも政治家としての立場を保つために、それと反対のことも言ったりやったりしないといけないわけですよね。

野本さん
まあ自分の場合はまだ議員になって3年目で若手なものですから、ある程度自由で縛られてない部分もあるので。市長とかになると縛られる部分もあるんでしょうけれども。

いさどん
でもこの立場もね、何回か繰り返していくと、自分の支持層が決まってくるんだよね。自分はこの人たちに支えられて当選してるな、ということになると、どうしてもそこの利益代表になってくるからね。言えることも言えなくなる。

野本さん
例えば韓国のことで言うと、国内向けと国外向けの発言を分けてもいいと私は思うんです。国内では日本は反省が足りないと言っていてもいいけれど、同じものをそのまま日本に向けてしまっている。でも本音では、未来志向でやってかなきゃ、21世紀も22世紀も、このままでは経済的にも文化的にもうまくやっていけないというのはわかりきってる話です。お互い大人になって対外的にうまくやっていきましょうよ、という部分が必要になって来るんですよ。

いさどん
今の一言。「お互いに大人になって」ということは、大人がやってることなのに、大人じゃないってことだよ。そこなのよ。つまり、戦争とは何だったのか。なぜ人類にそれが起きるのか。それを考えていくところから始めないと。もっと広い、深い視点に立って時代を読まないといけないってことが、今日の落としどころじゃないの。

なかのん
野本さんに質問ですが、内向きと外向きの発言を分けることなんてできるんですか。今これだけマスメディアが発達して、一つの発言はすぐ世界を駆け巡るのに。

野本さん
できます。大臣同士とか首脳同士で話す時に、公式見解として一切その話を言わなければいいんです。立場と節度を保てばいいと思うのですが、それを言っちゃってるのが今の問題なんですよね。

いさどん
だけどそれはとりあえず表面上かたをつけようという話で、やっぱりさっきの話でも一番ポイントなのは、国民に問題があったんだってことでしょ。そしたら、国民一人一人が意識を変えて、本音を言ってもいい政治家が選ばれる気風を作るってことじゃないの。
結局、裏表がないと政治家としてやっていけないという場所を創ってるのは、国民なんだから。「こう言ったら国民に支持されるだろう」なんて発想でやっているようでは、いつまでたっても気持の良い世界は来ない。政治家が、国民の利益代表として多数決の上に政権を取ろうなんて考えてるようじゃ、国と国が本当に国境を越えて結び合えるような投げ掛けは出てこないんだよ。
だけど今の政治家は、利益代表としてでないとやっていけない宿命にあるからね。ということは、中国や北朝鮮と違って日本は民主国家であり選挙によって国が成り立っていくのだから、国民一人一人がこの国をしょって立っているという自覚を持つことが必要なんだよ。
我々は人類の行く末を担っている。だからこそ、地球人として、地球の生命として、これからのこの地球の運営をどうするかという意識に目覚めることが大事なんだよ。そしてそういう国民が増えていったなら、当然その国民から選ばれる政治家は、その利益代表でいいわけだよ。それは地球レベルの利益代表になるのだから。そこでは、己という枠を超えた国家ができるはずだよ。

こういう話をすると、それはその通りだ、と思う人が多いんだよね。ところが、さて、いざ自分が政治家を選ぶ時になると、自分にとって損か得かで選んだりするわけだよ。会社で仕事をするのも、日々の生活も、結局は全部同じことの連続なのよ。つまり、地球意識で生きることが大事だという認識と現実の生活がかけ離れていたり、多くの人が現実の生活一辺倒で生きているのが、今の人類なんだよ。
太平洋戦争は軍国主義を進めた一部の人たちのせいで起きたのではなく、国民が支持したから起きたんだよ。民衆の支持がなければどんな独裁者だって必ず滅びるからね。結局一人一人の意識が問題を解決していくんだよ。

そういう意味で言うとね、太平洋戦争で痛い思いをして、もうこりごりだと思って来たから、確かにその後表立って戦争には加担してこなかったけれど、実は精神的には相変わらず、競争や差別というかたちで戦争をしてるんだよ。この国の中でも、企業間の競争があったり、極端なことを言えば受験戦争で子どものころから戦争してる。だから毎年3万人、実際には10万人とも言わる自殺者が出るでしょ。それだけ死ぬってことは、戦争をしてるのと一緒なのよ。ただ手段が戦争だったのか、自殺なのか、はたまた生活習慣病で死ぬのかの違いだけで、ベースになっている意識は一緒なんだよ。

人間としてこの世界に生を受けて、自分のことばかりを考えて生きていくのか、それとも世の中全体のことを考えて生きていくのか。人々が人類、地球という視点に立って考える時代が来ない限り、今の問題は解決しない。逆に言うと、どんなに難しい問題でも、その視点に立ったら、簡単に解決できるんだよ。
それが人間の、本当の存在の意味だと思うんだ。

 


憲法改正を見てみよう!

いさどんブログが新しくなりました!
この世界のあらゆるできごとを、常識にとらわれない宇宙的な視点から
自由自在にいさどんが語る新シリーズ「宇宙視点で見てみよう」。
第一弾は、次期参院選の争点にもなっている「憲法改正」について。
ファミリーメンバーおよびゲスト参加の座談会にて、いさどん、大いに語ります!
(以下は、座談会での会話をほぼ正確に再現しています。
どうぞその場に参加しているつもりで読んでみてください。

宇宙視点でいさどんが自在に語ります!
宇宙視点でいさどんが自在に語ります!

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *


なかのん:
今、憲法改正が話題になっているけれど、それにはいくつかの論点があります。

まず、自民党は「戦争放棄」を謳っている憲法第9条を変えて、軍隊を持って日本の治安を守りたい、というのが基本姿勢です。そこで、いきなり9条を変えるのではなく、まずは憲法改正に関する法律を変えて、憲法改正をやりやすくしようとしています。現在の法律では、衆参両院の3分の2以上、その後の国民投票で過半数の賛成がないと憲法改正はできないようになっています。それを、衆参両院の2分の1以上、その後の国民投票では国民全体ではなく有効投票の過半数の賛成が得られればよい、というように、法律を変えようとしています。これについては、憲法も時代に合わせて変化していく必要がある、という声と、憲法とは国家理念なのだから時の政権の都合でコロコロ変えるべきではない、という声の賛否両論があります。

もう一つの論点は、改正案では国家権力による統制を強めるような記述が多く見られる、ということです。言論の自由に対しては条件が付け加えられ、基本的人権について書かれた憲法97条は全て削除されています。その他、天皇が「象徴」から「元首」に変わっていたり、日の丸や君が代を尊重すべきということが新たに盛り込まれていたりします。

また、改正案では憲法前文の格調が落ち、平凡な文章になった、ということも言われています。(詳しく知りたい方は、こちらのサイトに比較一覧が掲載されています。)

ともこ:今の前文は全世界の人々の平和を前提にしているんだけど、改正案では場合によっては先制攻撃もOKと読み取れるような、微妙な感じがあるね。

憲法改正を訴える安倍首相
憲法改正を訴える安倍首相

いさどん:この憲法改正というのは、ものすごく大きなことだよ。だけど、現在3分の2の議席を持ってる自民党に国民がそれを託しているのかというと、実は国民はそこまで考えて自民党に投票したわけじゃない。単に民主党の至らなさに対する揺り返しで票が増えただけのことで、僕はそこまで国民は愚かではないと思ってる。それでも、長年憲法改正を狙っていたタカ派にとっては、これだけの議席を占めている今は千載一遇のチャンスなわけだよ。

ここで考えないといけないのは、彼らは憲法改正後にどのような国づくりを目指しているのか、ということ。簡単に言うと、戦争に参加しやすくしている、ということだよね。

もう一つ言えることは、日本という国は、まあある意味アメリカのホワイトハウスの庭で飼ってるポチみたいなものでしょ。TPPにしても、最初から参加ありきでことが動いてる。今は、日本人の高いプライドというものが欠落してる状態で、国民も愛国心を持てずにいるんだよ。だから今回の論議は、プライドを持たせるという意味ではいいことだと思うんだよ。

それはどういうことかというと、たとえば、僕はTPPは参加すべきだと思ってるんだよ。日本の農業の脆弱な部分を変に保護していては、結局は守られることでしか成り立つことのできない、意欲のない人たちをつくってしまう。TPPへの参加は、ある程度風当たりを強くすることでそこをたくましくするという作用もあるんだよね。利点も欠点もいっぱいあるのよ。

今回、自民党が千載一遇のチャンスとしてこの憲法改正に取り組み始めたことで、国民も憲法についてまじめに考えるようになる。つまり、国民がこの国のことを真剣に考えるチャンスなんだよ。それっていいことじゃない?民主国家だから、最終的には多数決に委ねるわけでしょ。国会議員ではなく、国民がどういう判断を下すかで決まるんだよ。

なかのん:どこまで真剣に向き合えるようになるかですね。

いさどん:そうなのよ。国を愛してないこの国の人々がどうするのか、安保闘争以来の大きなことになればいいなと僕は思ってるんだよ。その結果がどうなるかは、実際に進んで見てみればいい。

いさお:今、憲法を変えたいと言っている人たちには、戦争に参加しやすくするとか統制を強めるといった偏りがあると思うんだけど。

いさどん:でもね、戦争に参加しやすくする偏りというのは、そういう観方をすればそうなんだけど、日本という国が独立国家になるためには、やっぱりアメリカにこんなに依存してちゃいけないんだよね。それが結局、国民一人ひとりの国に対する責任感をすごく欠落させてしまっているわけだから。

逆に、軍隊をいっさいナシにして、北朝鮮に攻めて来てもらって占領してもらうのはどーお?

ともこ:あははは。

いさどん:いやいや、日本がそうしたとして、北朝鮮がやってきて簡単に征服したとするじゃん。でもそんなことしたら、国際社会が黙ってないでしょ。だからそんなことできないのよ。だから、かえって無防備にした方が、世界の先進国へのメッセージになるよ。僕に今の自民党の議席をくれたら、そういう方向で憲法改正するんだけど。一切の軍隊をナシにして、自衛隊もナシにしてやね、そこに使っていた資金を世界の貧困撲滅のために使う方が、すごい画期的じゃん。みんなそれに倣おうよ、と。

いさお:それは、国際社会も日本をつぶしちゃいけない、と思うような、そんな国になるということでもありますよね。

いさどん:そうそう。北朝鮮がそんな動きをしたら世界が黙っていない、と。

なかのん:あと、相手も無防備なところを責めるのは躊躇するかもしれないよね。

いさどん:そうそう。なんにもないんだから。ウェルカムって言ったりしてさ(笑)。

いや、何でかって言うとね。昔オウム真理教の事件があったでしょ。もっと昔には赤軍派の事件があったでしょ。例えば赤軍ならば、彼らは自分たちなりの理想を掲げてはいたんだけど、実は彼らの中に、本物の国づくりの精神がなかったんだよね。単に社会に対する反発心から、知識で吠えてただけなの。だから自分たちの小さなコミュニティすら持続させられなかったわけじゃん。

それはオウム真理教も同じで、あれほど優秀な人たちを社会が吸収できなかった。社会に理想が見いだせないもんだから、オウムに行って革命を起こそうとしたわけでしょ。彼らが悪事だけを考えていたのかといったら、やっぱり良い国づくりをしようとしてたわけじゃん。

そうするとね、今の人間のあり方がね、理想の地球人類の未来を創ろうとしているのかといったら、アベノミクスなんか明らかに、地球全体の調和の流れから逆行してるでしょ。経済が発展するほど、実は地球生態系にはよくないんだから。持続不可能な道を歩み出してるわけだよね。

そういう意味で言ったら、たとえば浅原彰晃が世界総裁になって、この世界をすべて統制したら、修行が正義であり、そのために死んでいくことは聖戦だ、と言われる世の中になるんだよ。全部一律の価値観で統制してしまえば、それが正義の世界になるんですよ。

北朝鮮のキム・ジョンウン第一書記
北朝鮮のキム・ジョンウン第一書記

それと同じく、北朝鮮がこの世界を支配したらやね、あのキム・ジョンウンが総裁になって、この世界が統制されるわけだよ。そうしたら今度は、北朝鮮の価値観がこの世界の正義になる。それって別にどうってことないでしょ。だって、今世界の主流になっているアメリカ資本主義にしても、実はすごく間違ってるじゃん。裏表があって。それなのに、今の世界ではそれが正義とされているんだから、北朝鮮だって同じことなのよ。

もしもこの世界にもっと高い理想があったら、アメリカ資本主義ほどの悪はない、と言われるようになるよ。今テレビでもアメリカの特集をやっているけれど、ひどい国だよね、あの国は。今までもアメリカは悪だと言われてきたけれど、それよりもはるかに悪の可能性があるんだよ。だけど勝てば官軍で、勝ったものが正義になるわけだよ。そうするとやね、北朝鮮が悪かどうかなんて、わからんじゃん。

という考えからいったら、北朝鮮が日本に攻めてきたら、「どうぞウェルカム!」と。どうぞあなたたちの好きなようにしてください、我々も共にやりましょう、と言ったら、全然相手も困るだろうね(笑)。

という考え方なんだけど、ダメかね?

ともこ:いいと思います(笑)。

いさどん:だから、我々は戦わない人間、戦わない国民になるってことが大事で、憲法の話に戻るけど、憲法っていうのは国民の権利を守るものなんですよね。法律は国家が国民を統制するためのもので、憲法はその上にあるんですよ。そして憲法は国民の総意によらなければならないもの。

だから今回の憲法改正論議とは、どういう国を我々は創りたいのか、それを国民に問う機会だということ。ここで目が覚めなければ、この国は北朝鮮に渡しちゃった方がいいよ。ほんとにさあ。

いさお:なかなかそういう話ってないですよね。憲法改正したい人っていうのは比較的右寄りの考え方をする人ばっかりで、じゃあ左寄りはどうかというと憲法守るって言うだけで、どういう理想のもとに国を創っていくかという話にはなかなかならない。

いさどん:いやいや、左寄りの人たちが平和主義かと言ったら、全然そうじゃないでしょ。昨日連合赤軍の映画(『実録 連合赤軍 浅間山荘への道程』若松孝二監督)を観たけど、それはもうひどいものだよ。共産革命っていうのは血で作られてきたもの。今は世界的な潮流が血を流すことを抑制しているけれど、いつでもいざとなれば牙をむく体質があるわけだ。

いさお :共産主義の粛清で死んだ人の方が、第2次世界大戦で死んだ人よりも多いんだって。

いさどん:ナチスの罪がどうのと言っている場合なのかどうかわからないようなことをやってる。ユダヤ人の場合は、ナチスが戦争に敗北したから惨劇が明らかになってるけど、文化大革命で何人死んだのかっていうのは全部隠されてるんだから。

改憲反対のデモ行進
改憲反対のデモ行進

もとやん:僕は憲法改正には反対です。

いさどん:何で?

もとやん:平和憲法をなくさない方がいいと思う。

いさどん:でもねえ、事実、今の日本はアメリカの核の下に保護されてるという現状があるんだよ。「我々は平和憲法を持ってる平和な国民です」って言うくせに、沖縄には、沖縄だけじゃないけど、巨大な軍備がある。核だって配置されてるかもしれない。それで平和憲法を守ってると言えるのかどうか。

僕はそれよりも、憲法を改正して、日本人が自分たちで自分の責任を持つところに立つべきだと思うんだよ。そしてアメリカからある程度独立した上で、この国をどうするのかということを考える。それによって、本当の愛国心とか、この国を想う国民が出てくると思うんだよ。今は、アメリカ嫌いと言いながら明らかにアメリカの核の傘の下にいる。それでいて自分たちは平和憲法を守っていると言うのは、真実から目をそらしているよ。

もとやん:今の話を聞いて、確かに僕の考えは表面的だったかなと思う。

いさお:軍隊を持たないとはいっても、日本の軍事力は世界第3位だよ。

もとやん:死の灰もたくさん持ってる。

やすみ:私も改正反対って思ってるけど、それはなぜかというと、まず改正についての議論がしっかりされてないでしょ。

いさどん:改正の草案は自民党から出てるけど、本当はそこから国民が議論していかないといけない。

やすみ:それと、改正のハードルを低くするのはおかしいと思うんですよね。

いさどん:それはそうですよ。だって政権が変わるたびに憲法がコロコロ変わるようではね。

なかのん:確かに。でも欧米なんかでは、憲法改正へのハードル自体は日本と同程度で決して低くないんだけど、それでももう少し頻繁に改正されていて、日本のように改正がない国は珍しいみたい。

いさお:まあ欧米の真似をしなくてもいいけどね。

いさどん:怖いのは、本当に日本の国民が国家という意識でものを考えてるのかというと、今はものすごく意識が低いじゃない。それを育てるためには、このくらいのことがなけりゃいかん。騒乱が起きるくらいのことになったらいいけど、今回も起きそうにないもんな。国民の中に、これは一大事という意識がないもの。

やすみ:自民党の中では改正派が主流だけれど、反対の人もいるわけですよ。でもそれを言えない雰囲気ができてるみたいで、そこが怖いなと思うんですよ。もっといろんな意見を話し合える場が欲しい。

いさどん:だから、今そういうふうに反対派がいても出せない空気があるからこそ、改憲派はこれを千載一遇のチャンスとして、やろうとしているわけだよ。気持ちはわかるよ。こんなチャンスはめったにないから。やりたい人たちにとっては今やらなきゃいつやるの、というくらいの話だから。

僕は反対でも賛成でもないのよ。もうなるようにしたらいいんじゃないの、と。なにしろ、みんなが考えるチャンスを与えられたということでは、TPPもそうだけど、すごくいい機会だよね。

なかのん:議論ということで言うと、福島の原発事故があった時には日本全体で議論が盛り上がったんですよね。最近は下火だけど。あんな感じのものが、憲法改正に関しては見えないんですよね。

いさどん:今回の憲法改正というのは、実は大変なことなんですよ。ところが国民は意外とボケてるのね。その寝ぼけてるのに火をつけるいい機会だから、僕はどんどん進めたらいいと思う。今度の参院選挙でも、こんなに大きな話なんだから、反対派はなぜ反対なのかを出してくるでしょ。その時に投票率は上がるし、みんながもっと国のことを考えるようになるよ。だから、憲法のことなんてどうでもいいのよ。国民の関心が政治に向くという点で、僕は安倍さんはすごくいいことやってくれてるな、と思う。

なかのん:どこまで関心が向くかですね。原発の場合はわかりやすいと思うんですよ。

ともこ:そう。だけど憲法は生活への直結感がないんだよね。

いさどん:今自民党は、国防軍を作って、他国が明らかに日本を攻撃してくることがわかったら先制攻撃もOKということにしたいわけでしょ。もしね、それが日本にできたら、かえって今の北朝鮮に危機感を持たせて、神経を逆なでることにはなるよね。だってジョンウンくんはまだ30歳だもん。

もとやん:憲法改正で、国民が国のことを考える方向に行くでしょうかね。原発だってもっと考えていいはずの出来事だったと思うんだけど。

福島の原発事故
福島の原発事故

いさどん:そのくらいこの国の人は眠ってるわけよ。福島の原発は世界で最大の原発事故だって言われてるのにさあ、意識は薄いじゃない。だから、そういうことに目を覚ますには行くところまで行ったらいいじゃない。

いさお:北朝鮮のミサイルが落ちるとか。

いさどん:そうそう。

もとやん:そのくらいで目が覚めるかね?

やすみ:いやあ、高齢の人たちはまだ戦争を体験してるからいいけど、若い人たちはもう冷めてるんだよね。自分が何したって仕方ないわって。そこら辺が怖い気がするんだよね。

いさどん:何でそんな悲観的なことばっかり言うの?若い人たちに任せた方が、斬新な意見が出てくる可能性があるよ。そんな中途半端に経験してるからこそ、きっとこうなるんだろうああなるんだろうって悲観的に考えるんだよ。それより、もっと本当に斬新な意見が出てくる方が楽しみだと僕は思うんだけど。

だから、わかんないところに僕は期待してるのよ。

もとやん:そういう観点はすごいなと思うんですよ。でもそれで国民が考えるようになるかな?

いさどん:何でそんな考え持つの。行ってみなきゃわからんじゃん。考えなきゃ「ボケてるね」ってだけの話で、考えたら「よーし、考えたな」ってだけのことだし。とりあえず、こんな機会はめったにないんだから。これはもう、大歓迎しなきゃいけない。

いさお:逆に言うと、考えてないと考えさせられる機会がどんどんやってくる。3.11であんまり考えませんでした、じゃあ次は何が来るの、って。

なかのん:気が付いたら、あれ、徴兵されちゃうの、って(笑)。

いさどん:やあ、だけどね、徴兵制度ができたら、日本のニートだとか引きこもりだとかはだいぶ減るよ。徴兵制度は悪いばっかりじゃないよ。軍隊に入るというより、国家のために働くトレーニング期間を設けるとかね。まあそれじゃ基本的人権はどうなるんだ(笑)。

やすみ:でも国家のためっていうと、国のために戦争して人を殺しても犯罪にならない、ってことになるじゃないですか。

いさどん:その考え方は、今までの既存社会をベースにしてるんだよ。国家や憲法っていうのは、国民を守る、権利を保護するためのものであって、本当に優れた国家なら、国家のために働く国民というのは優れた社会を創る人たちなんだよ。そういうことをイメージして僕は話してるのよ。今までの既存のひどい国をベースにして疑いの心で話すと、今のやすみさんのような発想になるね。僕は宇宙連合国家をベースにして話してるんだよ。

やすみ:私もいさどんの言ってることわかりますよ。守るために軍隊持とうっていうのには私も反対で、いくら持ったって良くなると思えないから、本当に武器なしにした方がいいと思うんですよね。

いさどん:そのお金を他のことに使った方がはるかにいいじゃん。でもそれじゃ票は取れないよね。・・・いや、わかんないよな。意外とみんな考えてるのかも。今は日常の中で見えない自衛隊にものすごいお金を使ってるんだけど、それを目に見えるように変えようよって言ったら、意外と支持が集まるかもしれない。自民党に反対するものとしてやるから指示が集まらないのであって、賢明な国創りという意味で全く違う観点から出ていったらおもしろいのかもな。僕は日本維新の会がそういうのかと思って期待してたんだけど、石原さんがくっついちゃって、なんのことはない、自民党のタカ派になっちゃった。

・・・あれ、憲法の話だったね(笑)。

いさお:憲法は根本の国作りの話ですもんね。

いさどん:だから、こういうことを国民が考える機会になるということ。大いに進めてほしい。あっちでもこっちでもそういうことを考えてもらって、それに便乗して、新しい人々の暮らし方とか、新たな社会の仕組みということで、『確固たる居場所』を同時上映すると。

もとやん:いいね(笑)。

いさどん:ところで、この話どうやってまとめるの。

ともこ:日本は北朝鮮に差し出す、ということでいいですか。

いさどん:うん、日本は北朝鮮に「どうですか、一緒に国創りしませんか」と提案する。そしたら向こうがびっくりするんじゃない。そのくらいの斬新なことを言いたいね。ぜひ僕にこの国を任せてほしかったんだけど、今世ではそういう予定になってないもんだから。

ともこ:もし任されたら、何から着手しますか?

いさどん:あのー、まず、寿命の定年制をつくる。60歳以上・・・いやほんとは30歳以上にしたいけど。

なかのん:ここにいる人全員もうダメじゃん(笑)。

いさどん:まあそれは過激にしても、もっと現実的なことで言うと、やっぱりベーシックインカムだよね。この国で生きていくことをすべて保証しましょう。人は仕事をする時、「はたらく」、つまり「傍を楽」にする、人のためにやるという精神で働きましょう。その意味が分からない人を、徹底的に思想教育しましょう。

いさお:それ「文化大革命」じゃん(笑)。

いさどん:だって教育って国策でしょ。僕は何を国民に与えるかと言ったら、それはもう、働く精神。つまり、世のため人のために働くことこそ正義として、新しい道徳観をこの国に植え付ける。で、働くんだけど、働きによって所得の格差があるのではなくて、国民には平等に所得の保証をしましょう、と。障害のある人も健常者も関係なく。で、文句は言っちゃいけない、と完全に思想統一をする(笑)。

ともこ:それは既存の共産主義とは違うんだね?

いさどん:違う違う。共産主義は人間のための理想世界を謳っているだけで、自然という概念がないもの。僕の基準は何かと言ったら、地球生態系。銀河の構造とか、太陽系の構造とか、地球生態系のように、役割は様々に違って多様性があり、平等な世界を表現するってこと。

まあ木の花では、あまり新しくもない考えだね(笑)。

 

地球

 


個人と社会の病理をホリスティックに捉える

ただいま、ファミリーでは「心を耕す家族の行く手」に続く「木の花ファミリー本」第2弾の出版計画が進行中です。
出版社は「心を耕す」に続いてロゴス社です。同社は、「いたるちゃん」こと村岡到さん主宰の出版社で、社会主義的な視点からの雑誌や書籍を多く出版されています。
先日、いたるちゃんから「ファミリーの心のケアの現場から見える精神医療の実態について原稿にまとめてほしい」との依頼があり、いさおが執筆を担当することになりました。
現在、ファミリーにケア滞在しているMくんの経歴が精神医療の現状を端的に表していると考え、まずMくんの治療歴についてインタビューしました。そして、それを踏まえていさどんに語ってもらいました。
以下は、そのふたつのインタビューをまとめたものです。これに加筆編集したものをいたるちゃんにお渡しする予定ですが、ブログ読者の皆さまには、ぜひ原文を読んでいただきたく、いたるちゃんの了承のもとで、ここに公表したいと思います。

□ Mさんの通院歴

Mさんは40歳。8月の上旬からファミリーに滞在して、心のケアに取り組んでいる。
滞在前、一年程前から通院していたメンタルクリニックでMさんが一日に処方されている薬剤は、計9種類、22錠にもなる。分類してみると、以下のようになる。
まず、薬の袋には「不安や緊張、興奮などの精神症状を改善する」と説明されている「非定型抗精神病薬」。統合失調症などの治療に使われる薬で、これが「インヴェガ」「エビリファイ」「セロクエル」の3種類。不安を抑える、いわゆる精神安定剤が「コンスタン」「デパス」「ベゲタミン」の3種類。睡眠導入剤が「ネルロレン」「フルニトラゼパム錠」「ベゲタミン-A配合錠」の3種類。また、「ふるえや筋肉のこわばりをほぐす」パーキンソン病の治療薬「タスモリン」、「けいれんを予防する」てんかんの治療薬「リボトリール」も処方されている。
これほどの種類、量の薬が必要な彼は、いったいどれほど重篤な精神疾患なのか。本人に現在の病名を聞いてみると、驚くべきことに「知らない」という。
Mさんは、19歳のときに初めて精神科を受診した。元々は社交的な性格で、高校時代も楽しんで過ごしたが、家庭事情の悪化や、住み込んだ予備校の寮に馴染めなかったりしたことから、少しずつ精神状態が悪くなっていった。電車に乗ることがしんどくなり、大学入試も震えながら行った。なんとか受かった大学にも行けそうになく、「家庭の医学」を読んでようやく病気であることを確信、精神科の門を叩いた。そこで「神経症」と診断さされて処方された精神安定剤が「バッチリ効いて」、大学生活を普通に送ることができた。ただ、2年生で留年が決まったことをきっかけで大学を中退。その後は親に仕送りを受けながら、適当にバイトをしながら遊んでいた。
本格的に歯車が狂いだしたのは、27、8歳のとき。処方されていた精神安定剤が効かなくなった。なんとか元気だった頃の自分に戻ろうと、あちこちの精神科を転々とした。いわゆるドクター・ショッピングだ。
その後の受診遍歴は多彩だ。Tクリニックでは、医師が「君は病気ではないから、薬は無意味。行動でしか治らない」と断言した。その医師は、先輩が営んでいる有名な全開放病棟のA診療所をMさんに紹介。「入院」という言葉を使わず、外出も完全に自由という開放的な雰囲気の中で「承認欲求が満たされた気がして」、3ヶ月間の「入院」後は一人暮らしを始めたりもした。ただ、A診療所は自由に外出を認める一方で、大量の薬を処方された。現在通院しているクリニックの処方は、その処方が引き継がれているのかもしれない、とMさんは言う。結局、一人暮らしは一年で終わり、実家に戻ってA診療所への通院を続けるが、次第にひきこもりがちになる。
「医者の不養生」なのか、A診療所の医師は娘が摂食障害を患っており、彼女が通っているということでN診療所を勧められた。宿泊施設に滞在して、デイケアを利用しながら治療するフリースクール的な施設だ。サポート担当者が付き、被害妄想的な考えに悩まされたときは、辛抱強く事実を伝え続けてくれた。薬に頼り過ぎない方針を取っており、Mさんも医師に叱咤されながら減薬に成功。4ヶ月後に滞在を終了したときには、二度と病気に戻らないと確信した。
しかし、実家に戻って介護の仕事についたものの、すぐに辞めることになり、結局は元の状態に戻ってしまった。かつて「君は病気ではない」と言ったTクリニックを受診すると、「辛いかもしれないが、仕事を探してそれをするのが君の治療」と言われる。
その後は、厚生省がひきこもり解消に推進していた自立塾に行ったりするが長続きせず、近所のメンタルクリニックを受診するようになった。その結果が、冒頭に述べた通りである。
始まりは決して重篤な病気ではなかったのに、実に20年を超える期間、Mさんは精神科と縁が切れることがなかった。その21年に渡る「多彩な」通院遍歴から、何かが浮かび上がっては来ないだろうか。

□ 「主治医」役をつとめるいさどんの見解

Mくんは、もともとデリケートな気質の人。しかし、今の社会はそういった人が適応できる幅を狭めている。ここからここまでが適応できる人で、ここから先が落ちこぼれ、と枠を作っている。
そういう価値観の中で、社会自体が狭い世界を作っているわけだから、Mくんに限らず、社会に適応できているように見える人も、狭いところでストレスをためて生きている。彼のように引きこもりや精神疾患を発症しなくても、それにつながるような、もしくは類似するような症状を表している人は多くいる。言わば社会全体が彼の病的な症状と同じようなものを表していて、アルコールやタバコといった、健康な社会では必要とされないようなものまで必要としているところがある。それどころか、経済そのものがそういうもので担われているという現状がある。特に先進国にはそのような傾向がある。
人間は個性的で多様なものなのに、現代社会は多様性の幅を狭めて、その枠の中で落ちこぼれを作っている。まず、それがひとつの要素。
もうひとつは、そういった社会の中で、Mくんをとりまく人間関係にも社会の価値観が影を落としている。子育てしかし、教育しかし、本来はその人が持っている個性を伸ばすことで、その人らしく社会に貢献できるように育てるという目的がある。しかし、家庭や学校などで、本人の資質を無視した子育てや教育が行われている。Mくんの親も、彼の資質をきちんと見て、というよりは、親や社会の価値観のままに彼を育ててきた節がある。
たとえば、Mくんは自己を表現するのが苦手で、自らの目的を見出しにくいタイプなのだけど、それが外からの価値観を押し付けられると、いったんは応えようとはする。しかし、それが自分の資質から外れていれば、当然、不適応が起こる。その結果、自信を喪失していく。
人間には個々に持っているエネルギー量というものがあって、それは生命力と表現することもできるが、Mくんのような人はそれが弱い。エネルギーをうまく使いこなす能力が乏しい、つまり不器用ということ。その不器用なところから、社会に出ることを拒否するような感情が生まれてくる。そしてそのときに、理由がないとだんだん拒否しづらくなるから、それを口実として病的なことを発症させる、ということも起こる。
家庭では、そういうことを客観的に分析できない。安易な親はそれを叱責する場合もあれば、Mくんの親のように、本人の言うことを鵜呑みにしてしまって、要求することをすべて叶えてしまったりする場合もある。そして、それによって混乱した状態を続けていく。
そういった人々を待ち構えているのが産業としての医療で、その現場では生産性を上げることが目的になっている。そこには医療の本来の役割である病気をなくすとか、予防医学的に病気を発生させないという発想はほとんどない。それどころか、顧客のニーズにこたえて投薬したり、更には顧客の状態を発展させて、病気の世界に誘っていくことまで行われている。Mくんのケースは、まさにそういう構図を表している。そして、その経済効果によって業界が維持されている。
こうしたことを総合的にとらえると、Mくんは社会の構造的な矛盾をつくる当事者であり、犠牲者でもある。こうした矛盾の構造をホリスティックにとらえて、総合的に物を見ていく必要がある。個人としてのMくんの症状を治していくというのは、ある意味で対症療法。本来は、社会の病理としてホリスティックに捉えていく必要がある。本来、それは国の役割だけれど、政治家たちにはまだそういう考えが浮かんできていない。さらに物理的で、対症療法的な方向に向かっている。

Mくんのケアの過程で、僕らは彼に改善に向けたアドバイスをするが、本人はなかなかそれを受け入れられない。もちろん、本人に治す意思がないと判断したときはケアを受け入れないのが僕らの原則であり、アドバイスを完全に拒絶する状態ならケアは成り立たない。しかし、Mくんには今の状態が不健全であるという認識があるし、治したいという希望もある。ただ、改善に向けて積極的に取り組んでいくことがなかなかできない。そこで僕らのサポートが必要なのだけど、僕らが差し伸べている手を、彼がなかなかつかまないという現状がある。
そういう人には多少のプレッシャーをかけてそれをつかむように誘導することもあるが、Mくんの場合はまだその段階ではなくて、ある程度静観して、自分の現状は健全ではないという認識や改善したいという気持ちが彼の中に自然に育つのを待っている。そのときに、親が今まで家庭の中で示してきたような姿勢ではなく、けじめやリズムのある姿勢を示して、その中で彼の自覚が育っていくのを見守ることになる。そしてその自覚が生まれてきたら、少しずつ自分をコントロールすることを身に付けながら、薬を減らして、健康な意識を作っていくためのアドバイスを提供していく。
サポートする側は、本人に多少のプレッシャーを与える必要はある。親のように本人の言いなりではいけないし、社会のように無関心であってはいけない。そして、医者のようにそれを飯の種にしてもいけない。常に当事者とのキャッチボールの中で、必要なものを提供していく。そのときに、サポートする側が「改善したい」という感情を強く持ちすぎると、それを押し付けることになる。そうなると、本人の取り組みではなく、サポートする側の望みを実現する場になってしまい、良い結果には結びつかない。
だから、サポートする側は、自らにストレスがたまっていないかを常にチェックする必要がある。それが、サポーターとして適切な領域を守っているかどうかのバロメーターになる。そうすると、サポーターは役割を果たすことによって自己コントロールを学ぶことになる。
ここで大切なのは、サポートする側は何かを提供するのと同時に、ひょっとすると与えた以上のものをもらっている、ということ。病気という現象に向きあう中で、本人も、それに関わる人も、大切なことを学んでいく。本来、医療もそういうものであるべき。社会全体としても、さまざまな問題事をいただく中で、そこから学んでいく。そのような捉え方をする謙虚さが必要。どんな場所であれ、どのような学びであれ、学ぶときには、常に謙虚さがなければいけない。

Q. 今の社会には負の循環があるように思う。多くの人々は、社会にとって良かれと思って目の前のことを一生懸命やっているが、やればやるほど社会の負の側面を助長させていってしまうところがある。その社会システムに乗っかっている人に何かが足りないのだと思うが、それは何だろう?

人間の歴史の中で、人々はまだ現象を表面的にしか捉えていない。つまり、現象の奥にあるメッセージにまで目が届いていない。それは、目は見えているが、心の目は観えていない、ということ。
僕たちもいろいろな出来事に出会うけれど、主に意識しているのは、不幸だったり、歓迎できないような出来事。もちろん、いいことは嬉しいし、そこに喜びが生まれるのだけど、喜びがあるとさらにそれを求めるような心の構造が人間にはあって、「腹八分目」「足るを知る」と表現されるような、適度で満足するということがなかなかない。
これに対して、問題事であっても、その現象の奥にはメッセージがある。そのメッセージを見出すことによって、問題事から学べるし、それで満足できる。もちろん、喜びからも満足は得られるが、問題事から学ぶ喜びや満足の方が大きいし、深い。生きていくことはすなわち問題事に出会うことのようなものだから、そこに気づくと、生きることの意味や喜びが大きくなって、表面的なストレス解消型の欲求が消えていく。すると、Mくんのような症状を呈するものもなくなってくるし、そういった人たちを改善する医療もずっと健全な構造になる。そのようにして、Mくんにプレッシャーを与えるような社会構造もなくなってくる。
このように、Mくんという人を通して、より広い世界、家族や地域社会、国家、そして人類のテーマが見えてくる。その人類はさらに大きなもの、つまり生態系や地球、そして宇宙によって生かされ、維持されているわけだから、それを学んでいく機会になる。ただ、今の人類はまだその扉を開ける段階のちょっと前にいる。

Q. これはいたるちゃんに依頼された原稿のための話だけど、読者の人たちは社会主義に関わっている人たちが多い。その人たちに、これは良いメッセージになると思った。その人達は、あるいは時代遅れとも見られがちなのかもしれないけれど、社会の問題の奥にあるメッセージをとらえて、自分たちのできることをしていきたい、という真摯な想いを持った人たちだろうと思うから。

それは、まったくそうだろう。ただ、ある問題事に対して、特定の思想から答えを導き出そうとするのは、もう無理があると思う。そうではなくて、現象をいろいろな視点から科学的に分析していって、今度はそれを逆につなぎ合わせてホリスティックな全体像を見ていく。そうすると、この世界を維持している「意識」が働いていることがわかる。これからは、その意識を大前提においた思想を作っていく必要がある。
これまで、人間がこの社会を共同でつくることによって理想の世界を創り上げようという共産主義のような考え方と、個人の喜びを切磋琢磨しながら創り上げていくという資本主義の考え方があった。そうしたら、個人の存在を尊重する個人主義と、個人は全体の一部分であるという共産主義を合体させればいい。しかし、大切なことは、それを人間がつくってはいけない、ということ。宇宙や地球の生態系の仕組みをもっと科学して、その構造を知ったうえで、そこで個々の役割を果たしている生命として人間をとらえていく。自然界は個を尊重してネットワークしている。だから、社会もそのような形に持っていければ、資本主義と共産主義の合理性や有益さを合体させて、人類の次の目的を達成することができる。
そこでひとつ気づいてほしいのは、たったひとりの、ある意味で落ちこぼれとも言える40歳のMくんの症状を見ても、そこからは家族が見えるし、社会が見えるし、国家が見えるし、人類の今の状態が見える。そのように、ある問題ごとをホリスティックにとらえると、その病巣が大きなもので、人類に対して訴えかけるメッセージを持っていることがわかる。そういうことを見抜いていく目を、人々はこれから養っていく必要がある。

Q. そのために必要なことは何だろう。

それは、自分を正しく知るということ。必要なものと不必要なものが自分の中に入り混じっているのを整理して、社会や自分に健全なものをもたらすことのできる個人に自らを磨きあげていく、ということ。僕らはそれを「魂磨き」といって、個という我にとらわれない人間性を築き上げる作業をしている。それによって、さまざまな問題が解決されるだけでなく、同じ問題が起きなくなっていくし、まして病気は非常に少なくなってくる。病気も悪いものではなく、前向きにとらえられるものになる。社会の問題事も同じで、人々にネガティブな感情を発生させるものは、ポジティブにとらえることによって学びとなる。そして、それは個人や社会が進化していくことの材料となる。
大事なことは、我々がどういった社会をつくるか、ということの前に、我々はなぜ存在な目的に気づいたら、人間の存在が社会に負をもたらしていくようなことはありえない。 だから、まず自らがなぜ存在しているのか。もうひとつ言えば、自らを包含しているこの世界がなぜ存在しているのかを理解する必要がある。

Q. 共産主義は、人間の意識というのは社会構造によって規定される、と捉えた。

理想の仕組みを作れば、人間はそこにすべて当てはめられる、ということだよね。人間を物のように考えたのだろう。
それについては、対論を言わなくても、今まで共産主義や社会主義がやってきたことの結果が、答えを出している。ひとりひとりがオリジナルな生命であって、心の形もすべて違う。類似するものはいくつかに分類できるけど、個々は独立したオリジナルなものであって、それを尊重したときに自然の生態系のような多様性ある豊かな世界ができる。そのことに、そろそろ気づく必要がある。
制度を先に作りたい人たちは、人間の側から考えた理想や調和、バランスを考えるが、実は、宇宙や地球、生態系という形ですでに完璧な制度が存在する。その中にわれわれが生み出されているわけだから。人々はそのことをよく理解していないし、我々がその仕組みの中で生かされているということを十分に理解して、意識の中に取り入れるということをしていない。しかし、それをやっていく時代がようやく来ようとしている。人間意識から理想を作るという視点から、まずは我々は地球生命の中の一部分として存在しているのだから、地球意識から次の社会を作っていく、という視点に移るときがきている。
これからは、先に社会構造やシステムを変革しようとするのではなくて、個々が目覚める時代。自分が社会を作っている、自分から社会の変革が始まる、という新しい個人主義の時代。それは同時に、自然の仕組みのような個人のネットワーク、新しい共同の時代でもある。

こうして、Mくんの病気からはじまって、人類の抱える壁が見えてきた。人類にとってはたいへん大きな節目を迎えているということで、21世紀はそこを突破して次の社会をにらんでいるという状態。現代は本当に物質的には進化した時代でありながら、人々はたくさんの問題を抱えて、人類だけでなく地球の未来を憂いている。それほどの暗い時代であり、個々にも病気や自殺という現象が蔓延している時代にあって、負が大きければ大きいほど、次の時代には新たな価値観によって光がもたらされる。その夜明け前にいる、ということでもあるから、この世界を大きく、ホリスティックにとらえて、希望をもって歩みたいものです。