日出ずる国=地球(クニ)ツクリ

《プロローグ・その心、これからは日の本の国全体に説くがよい》

1991年、いさどんが40歳の夏のこと。天からいさどんに「富士の山に登れ」という声が降りてきました。「なぜですか」と尋ねると、「日の出前に、日の本の国の頂点に立て。そして命を受けよ」と伝えられました。いさどんには、なぜ富士山に登る必要があるのかまったくわかりませんでした。とにかく神様がそう言われるのだから登ろうと、富士山へ向かいました。

週末の富士山は人でごった返し、初めての富士登山だったいさどんは、すっかりくたびれてしまいました。けれども、何としても日の出前に頂上に着かなければいけない。いさどんは死に物狂いで登り、何とか日の出前に頂上に到着しました。

東の空が、だんだんと明るくなってきます。ふといさどんは、そこに一つ、星のようなものが光っていることに気付きました。「自分をここに呼んだのはあれだ」と思い、その光に向かって言いました。「お約束通り、私は今、日の出前に日の本の国の頂点に立っております。命をお伝えください。」1991年8月12日の朝4時45分頃のことです。天から言葉が降りてきました。「その心、これからは日の本の国全体に説くがよい。」

「日の本の国」とは、日出ずる国・日本のことだけではなく、日のあたる国、つまり地球全体のことです。いさどんは咄嗟に「無理だ」と思いました。自分のような者にそんな大役が果たせるわけがない。けれどもそこで、自問自答をしました。お釈迦様は「歩んでみなさい。歩めるから」と言われたのです。これまで9年間心を磨くことを学んできて、これからもその道を歩み続ける決意は揺らがない。ならばこれからも、この心を生き続けるだけではないか。

下山の時、登る時にはあんなにも辛かったのに、それを乗り越えたら「また来よう」という気持ちになっていることが不思議でした。「まるで人生みたいだ」といさどんは思いました。


 

──── それから24年の時を経て、2015年12月、タイの僧侶であるプラ・サンコム氏からの招待を受けて、いさどんと数名のメンバーは同氏が運営するマブ・ユアン自然学校に新たに建立された寺院の仏像の開眼式に参列し、セレモニーの冒頭にいさどんは「クニツクリ奏上」を行いました。

さらにそれから2年の時を経て、2017年12月2日、その寺院の落成式に参列するため、いさどんと数名のメンバーがタイへと向かいました。また、プラ・サンコム氏には「自分の故郷に今後木の花ビレッジを展開していきたい」というビジョンがあり、彼の故郷を視察することも今回の旅の目的の一つでした。

タイへと出発する数日前、富士山麓にある日本最古の大鹿窪遺跡にて、いさどんはクニツクリ祝詞を奏上。ようことみちよはカタカムナ第63首、「みろくの世」の舞を奉納してから、タイへと向かったのでした。

13000年前の大鹿窪遺跡にて

 

12月2日 第1日目・ヒ
(一つ・日・火・陽・秘かに始まる)

― 成田空港へと向かう車中にて

《タイ・タイヨウ・核融合》

ようこ:
今日タイへと向かうということで、今朝から「タイ」の「タ」の思念について考えていた。「タ」の思念は分離独立でしょ?「リ」も分離でしょ?でも、自転・公転を意味する「マワリテメクル」の「リ」の分離と、「カタチサキ」の「タ」の分離独立は違う意味なのだろうと考えていた。というのも、「タ」は「タイ」の「タ」でもあるし、「タナココロ」の「タ」でもある。以前いさどんが、「タイは癒しの国だから、マッサージなども学べるといいね」と言っていたね。その時に、「タイのタはタナココロのタでもある」と思っていた。

そして今、昇る朝日を観ていたら、「タイヨウ」も「タ」だ!と思ったの。

いさどん:
「タ」の分離独立というのは、それ自体が自立してある状態。つまり、ものの本質が強いもの。それに対して「リ」は本体からの分離という意味で、何かから付属のものが離れた状態。だから、「タ」のほうが独立心が強く、「リ」は本体からの分離だから、「リ」のほうが弱い。

ようこ:
「タイ」をカタカムナの思念でひも解くと・・・

いさどん:
独立した(タ)位置(イ)だから、タイは独特の世界観を持っているということ。

ようこ:
タイという国は本当に独特だよね。昨年プミポン国王が亡くなられた時に国民全体が悲しむ雰囲気をテレビで観ていて、そう感じていた。今年2017年を木の花では「爆発の年」と呼んでいるでしょう?「爆発」は、ある意味「核融合」とも言えるから、太陽の核融合にもつながるし、いさどんは「心の水爆」の話もしていたね。

タイ・タイヨウ・核融合・・・

いさどん:
太陽は、独立した(タ)位置(イ)の横の渦(ヨ)の渦(ウ)だから、太陽というのは完全に独立したものの渦が極端に強いということ。だから、核融合だ。それに、太陽は英語でSUN(サン)だから、「サン」の思念をひも解くと、まず「サ」は差があって狭い位置を意味し、それに「ン」がつくということは、「サ」が強いということ。つまり、極端に差があるもの。狭い位置というのは、それしかないところに強く表現されるということ。それが「サン」だ。

ようこ:
この前、「チキュウ(地球)」の思念をひも解いた時に「アース(EARTH)」でも観ていったように、日本語と英語の両方でひも解くと多角的に物事の本質を掴めるね。爆発の年の締めくくりに、このタイ行きがあるというのも、今はわからないけれど、何かありそうな予感がする。

いさどん:
タイでの新しい村づくりがどうなっていくのか。それが意外と火がついたように進んでいくのかなとも思う。

ようこ:
これまでインドでも木の花ビレッジを建ち上げようという話はあったけれど、今回は現実化する気がする。そのことが今回の旅でひも解かれていくのでしょう。

いさどん:
僕は前から、なぜタイという国に縁ができたのか、と思っていた。今回のこの旅がこのことを確認する旅になるのだろう。

 

──── 成田空港に到着し、約7時間のフライトを経て、タイ王国・バンコクに到着。そこから車にてチョンブリー州まで移動し、エコ寺院のあるマブ・ユアン自然学校に到着。エコ寺院に到着したいさどんはまず、2年前にクニツクリ祝詞を奏上した仏像に挨拶に行った。

 

《仏像からのメッセージ》

エコ寺院の仏像

いさどん:
利益(りやく)を願うものではないと思うが、2年前に招かれた仏像の開眼式では、確かに性入れをする役割を果たした。しかし、それに対する、自分が何か特別なことをしたという意識はなかった。

そして今日、何もない気持ちで、とりあえず仏像の前に座った。ここまで来たのだから、と。そうしたら意志表示があり、「共に創り上げていきましょう」と言われた。そこで「もちろんです」と答えた。それは、実は枠が大きな話でね。

タイまで来てどのような役割があるのか、それはまったく未知なる歩みだが、先のことは考えない。何の役割があり、どのような目的が未来にあるのかを考えない、今までと同じように、わからない状態でいこうと思う。与えられるものは何でも引き受けていこうと思い、意欲としては真っ白な状態でいる。飛行機に乗って7時間、車に乗って3時間も揺られながらここまで来て、何ができるのか、と思う。そのエネルギーがどこに役立つのかと思いながら来た。そうしたら、「共に創り上げていきましょう」と言われた。

そこでは、こちらから何かをお願いするということはない。「もちろんです」ということ。「もちろんです」というのは、時代が切り替わっていく時に役に立つものであるということだ。

 

12月3日 第2日目・フ
(二つ・膨らむ・拡大縮小という矛盾する二つの性質が広がる)

《毎朝、新たな太陽をいただきながら》

いさどん:
このタイの出会いは理屈とはまったく違う話だろう?だから、いただいた縁をただこなしていくだけ。そして結果がついてくる。だから、僕の心はまったく無色で無欲だ。

例えば、僕が祝詞をあげる。そうすると、それはここの僧侶の読経や子どもたちの演目とはまったく意味の違うもの。どうもプラ・サンコムは、「世界中の人たちと共に」というイメージを持っている。だから、タイからだけではなく、ブータンやアメリカから僧侶が来ていたり、ラオスやブータンの伝統衣装をまとった子どもたちがいたり、インド・ロシアやドイツからもゲストが来ている。

プラ・サンコム氏の初の試み・第1回インターナショナルパレード

ようこ:
今日の午前中に行われたパレードは、プラ・サンコム曰く、「第1回目の試みのインターナショナルパレード」ということで、「このパレードに参加する皆さんはパイオニアなのです」と言っていたね。

いさどん:
そうしたら、ようこやみちよが奉納する舞や僕の祝詞も十分に個性的な参加の役割を果たしている。そして、我々は物理的なパレードではなく、霊的なパレードの参加者だ。

寺院の落成式・夜の式典にて ー タイ舞踊の披露
「みろくの世」の舞を奉納

いさどん:
・・・そうか。プラ・サンコムには目的があって、それを成し遂げようとする道がある。彼にはそれが見えていて、それを成し遂げようとする意志があり、行動している。我々にも目的があり、それが観えている。ただ、その観えているものが何かはわからない。我々の目的は天の意志に従って美しい世界を創ること。それは、結果いただくもの。違いはあっても、今、目的に向かってやるべきことをやる立場は同じということだ。

プラ・サンコムがなぜ僕のことを「マスター」と呼ぶのか。それは、プラ・サンコムにはたくさんの縛りがあり、それを壊していくことができないからだ。それに対して、縛られていない新しいパイオニア的存在が必要なんだよ。それを突破口にして、彼の目的を果たしたい。そこに、彼の曇りや悪意はない。そこに天が目をつけて、この道をつなげ、地上に光の道の突破口を開こうとしている。つまり、プラ・サンコムの活動は、天の意志がやっているものだ。だから天は、「いつも共にあります」と言うのだ。

ようこ:
今、気付いたけれど、プラ・サンコムのプラは尊称でしょう。サンコムという彼の名前の中には「サン(太陽)」が入っているね!まさに、太陽の導きだ。

いさどん:
そこでひとつ、気付いたことがある。夜、一日が終わって眠る時、その睡眠の先には明日がある。眠る時に、眠る内容を考えない。そして、精神状態にふさわしい夢を見て、時間に縛られずに自然に睡眠が終わる。そうすると、そこに次の日、つまり新たな日が現れて、それは霊的な日の出だ。その時に現れる思考は、新たな日を生きる太陽の意志。日の出の意志。朝の閃きは、天の意志。そうやって毎日を生きればいい。どんなに忙しい日々を過ごそうとも、今日一日が終わったら、新たな一日に向けて真っ白で無垢な状態にして向かい、朝、新たな太陽をいただく。極めて新鮮に一日をスタートさせる。瞬間瞬間をこの心で無垢に生きていくことだ。そこには思惑も何もない。美しく生きるとはそういうこと。それは、天の意志を生きることであり、宇宙を生きるということだ。これが、21世紀の人類の歩み方だ。お釈迦様の時代には、まだそこまで人々は到達していなかった。今、2000年を越えたからこそ、人類の目覚めの時を迎えている。

夜空に輝く満月

 

12月4日 第3日目・ミ
(満ちる・目に見えないが心で感じるもの)

《プミポン前国王からのメッセージ》

クニツクリ奏上を行ういさどん

いさどん:
今日の午前中、仏像に向かってクニツクリ奏上をしていた時、昨年亡くなられたプミポン国王の魂が来ていた。「志を受け継いでくれて、ありがとう」と。

ようこ:
そうだよね。霊的には、私たちはプミポン国王との縁でタイに来ているようなものだものね。物理的にはプラ・サンコムとの縁だけれどね。

いさどん:
タイという国を大きく二つにわけると、タイはまさしく今、モータリゼーションの真っ只中。日本の30年~40年前の状態で、人々は豊かさの欲求を満たそうと、車を買うことが物理的な豊かさのステータスになっている。プラ・サンコム曰く、タイには50ぐらいの財閥があり、タイの政治・経済を握っているとのこと。そういった人たちが儲かるような仕組みになってしまっている。だからある意味、これから経済的には発展しようとする国なのだが、腐敗は進んでいるということだ。

それに対して、プミポン国王が提唱していた「足るを知る経済」に共鳴する人たちも少数ながらいる。「足るを知る経済」とは、物理的豊かさを追求すると人々の心が乱れ、国土が荒れ、地球環境が悪くなるということで、必要な分量をわきまえ、心の豊かさを追求することの大事をプミポン国王は提唱した。そういった意味では、まさしく木の花が提唱しているのと同じことだ。彼はとても意識が高い人だったが、残念ながら彼の精神の高さとそれを受けた国民の意識は一致しなかった。

心の豊かな国を創っていこうとする動きは、世界的には先駆けた動きだ。タイのように経済発展が後から出発した国であっても、そういった意味ではこれから世界の最先端になれるという考え方を持っている人たちもいる。ただ、それは全体数から言えば、僕が感じる限り、少数派だ。プラ・サンコムはその代表的な人なのだが、彼の立場はあくまでも僧侶なのだ。

本来、仏教は自由・平等というお釈迦様の教えのもとにあったはずなのに、男女の格差ができ、戒律でがんじがらめになってしまっている。たとえば、男性のお坊さんと女性の尼さんのランクの違いは絶対的なもの。さらに、小乗仏教でもある個人の悟りを探究するというところから、悟りのレベルがどこまで到達しているのかによって、僧侶の間にもランクがある。そして、僧侶と一般市民の間にも絶対的な差がある。そういった封建的な縦社会がそのまま現在も残っている。

僧侶たちの説法を聞くと、内容についてはまったくその通りだが、もう世界観が古くなっている。彼らは戒律を元にして教えを説いているから、戒律を超えた思考が生まれてこない。それが宗教の限界だ。逆に、そういったことではこれから宗教が時代の進化を妨げるものにもなっていく。そして一般庶民が真実を知り出すと、お坊さんに頼らなくなる。そうすると、お坊さんも自分たちの土台をすべて取り払い、一から積み重ねなければならない時が来るだろう。その時に本当に僧侶の精神を持っていたならば、潔く今までの台座を捨て、ゼロから積み上げる志があれば、やはり僧侶は今までの志の分だけ早く目覚めることとなるだろう。しかしその地位に執着すると、時代に乗り遅れ、逆に落ちていくことにもなる。僧侶たちにも、これからその覚悟が必要だ。

本来、得度する人々が減り、一般民衆が目覚める時が来ている。21世紀は民衆の目覚めの時代だからね。

 

12月5日 第4日目・ヨ
(よこしま・混沌・世・横回転の現象化の渦)

《真の自由=クニ》

いさどん:
本来、仏教の教えは平等であること。僕が言う仏教の教えとは、皆が「差」を「取り」、共に助け合って暮らすこと。それが「悟り」だ。

昨日思っていたのは、僧侶は仏教の本当の意味をもう一度問い直すべきだということ。仏教とは何ぞや、と。お釈迦様は、経典に書いてある通りのことを言っただろうか。どこに根拠があるのか、と。

そして、大切なのは、人がヒトとして時代を生きながら、その真実を見出せる力を持つこと。なぜ仏像があるのかと言うと、それは仏像にすがるためにあるのではなく、我々がブッダの精神に立ち返るためにあるのだ。

ブッダの精神とは、高い意識のこと。高い意識とは、本来、自由でなければならない。それは、戒律からも解き放たれた自由だ。そうすると、時代が変われば人の心も変わる。戒律が壊れることにより、自分たちが維持してきた組織や生き方が変わることを恐れてはいけない。時代が変わるということは価値観が変わるということであり、それが宇宙を生きるということ。だから、目の前に起きることに常に寄り添う姿勢が大切だ。

僕は昨日、クニツクリ奏上をした。実はあの時、集中して奏上していたわけではない。僧侶たちは、まったく違うものが来たという感じで、彼らなりに新鮮にそれを受け止めていたから、僧侶たちが座っていた左側の方は気にならなかったが、右側の方にいた子どもたちのことは気にかけていた。子どもたちが、これをどう受け止めるのか。この場に居続けられるのか、それとも飽きてしまうのか。飽きてしまう前に、収めてやることが大事だと思った。そうすれば、中身はわからなくとも、彼らの精神レベルのキャパを超えることはないから、「ああ、こういうものもあるのだ」と受け取れる。そんなことを思っていた。

やはり、次世代の子どもたちには良い形で渡さなければいけない。新たな時代を生きる子どもたちの精神を一切無視して、古い戒律を一生懸命語り続ければ、やがてそれは子どもたちにとって苦しいものになっていく。この学校で勉強した子どもたちはとても良い子たちだが、これから先、どこまで仏教徒であり続けるのだろうか。仮に仏教徒であり続けなくても、今までの時代をどこまで維持し続けられるのかと言えば、タイの社会の現状からすれば、やはり車も欲しいだろう。そこで、そういったものを戒律から否定するのではなく、本当に自分自身に問うて、物やお金に使われるのではなく、どう使いこなしていくのかが大切なのだ。

今現実に、仏教の中でも差別化が起きていて、そこに平和が見出せない状態でいる。だからここでは難しいと思った。そこで、何ができるのか。

昨日、確かにプミポン国王の魂を感じた。お釈迦様の心も感じた。そこで僕は、「この僧侶たちの精神の延長に、この動きが時代を乗り越えていけるのでしょうか」と問いかけたら、「だからあなたをここに呼んだのです」と言われた。そこで、「私に何をしろと言うのですか。私は先を読まない者ですからここにおりますが、一体私に何ができるというのでしょうか」と問いかけた。そうしたら、一番初めに仏像と対話した時に、「共に創り上げていきましょう」と言われたことを思い出し、こう伝えた。「その精神ならば、私はやれます。しかし今、何かをするということは、私の頭の中には何もありません。最初はとても違和感を感じていましたが、今は、何か役に立つのかもしれないと思い、落ち着いていられるようになりました。」

仏教精神をもっと広く拡大し、平等な場を創った ──── もしくは目指しているのが、木の花ファミリーのあり方だ。カタカムナまで行くと極端な拡大だが、そこまで、人間たちの精神が宇宙時代にならなければいけない時が来ている。それは古いけれど新しい。だからそれは、古くはならない。ブッダの教えも、たった2600年のことなのだから、それにしがみついてはいけない。そういった賞味期限を感じながら、地球はどんどん宇宙を先へと進んでいく。そして、次の時代が確実に押し寄せてくる。

プラ・サンコムのマスターが語っていたように、誰もが死ぬ。それは当然のことであり、だからこそ、縛られていてはいけないのだ。

プラ・サンコムは、いさどんという得体のしれない存在を「マスター」と言う。しかしそれは、仏教という枠の中では捉えきれない存在だ。そういう可能性を彼は残していきたいと思っているのだろう。しかし戒律の中で、彼はそれを表明しきれない。僕が彼に伝えたいことは、ここでの活動はとても意味のあることだが、ある程度これをやりきったら、やはり木の花村をタイに創るべきだ。そして彼はそこのリーダーとして、もっと自由に生きるべきだ。

現代の人々は、自分の考えを持ち過ぎてしまった。だから、自分を否定されることを怖がっている。そして、結局何かに囚われている。

宇宙を生きる ──── 宇宙と共にあるということは、自己否定の道だ。しかし、世の中がここまで来ると、誰もが自分自身を否定できない。しかし、本来我々は自由でなければいけない。そのことが、皆わからない。僕が奏上する祝詞を、なぜ「クニツクリ奏上」というのかと言えば、「自由(ク)が定着した(ニ)世界を創る」ということだ。

ようこ:
それはまさに、真の自由のこと。

いさどん:
人が自我による願望を叶えることをやめ、宇宙の響きと一体となった時に、必要な物事はすべて自動的に成っていく。それが、宇宙の星々の関係のような、フリーエネルギーの状態であり、自ずと成っていくということ。それは極めてエネルギーがかからず、スムーズで精妙に行われていくので、我々人間の思考では到底理解できないような状態でもある。そのような状態になった時、自らの囚われから解放される自由と、物事が自ずと成っていき、それが極めて道理にのっとっているからその心地良さに乗った自由の、ふたつの自由がそこでは感じられるようになる。

ようこ:
それが、「クニ」ということだね。

いさどん:
そう。それは我々が日常を生きている中に感じることができるもの。だから、心を磨いて自我を優先させない姿勢が大切だ。そこまで宇宙の流れが現象化してくると、自ずと事は成っていくから、それが極めて心地の良い状態。それは、宇宙遊泳で人間が自分の体重の圧力、それから大気の圧力を感じなくなるのと同じくらい、解放された状態なんだよ。それは、人間が悟りを開き、魂だけになった時の状態でもある。その状態で日常が生きられる。これは、仏教でいう「悟り」の世界。その道に気が付くということが、たとえばキリスト教で言う「福音を聞く」ということだ。

その悟りの境地に至るということは、地球に平和をもたらすためにある。平和というのは、心が解放されて、誰もが自由になっている状態のこと。プミポン国王は、亡くなってからそのことに気付いたはずだ。彼は疑問を持ちながら、その本当がわからないまま亡くなったのだと僕は感じる。そして、彼が亡くなってから気付いたのは、「ブッダの精神は戒律の中にはない」ということなんだよ。

ようこ:
だから、プミポン国王は亡くなられた直後にいさどんの元に現れた。それは、バトンタッチということ。

いさどん:
彼の理想は、この古い仏教にはない。しかし、亡くなってからそのことに気付いた。誰も、一つの生き方をモデルにして、それを正解として歩むべきではない。聖なるものとは、見本ではない。それはそのもののオリジナルの生き方の見本だ。皆が自分らしく生き、その自分らしさがこの宇宙の法の秩序に則っている世界そのものが調和であり、それが平和だ。自らに与えられたオリジナルのピースを存分に発揮し、一番ふさわしいところにはまる。そこを見つけることだ。それは他者が喜び、社会を健全にし、そして自らが存分にその生き方を喜び、希望を持って表現する道だ。

ようこ:
昨年プミポン国王が亡くなられた時にまとめたものがあるので、読んでもいい?昨年の10月15日に書いています。

 


《プミポン国王からのバトンタッチ》

一昨日の夜7時のニュースで、タイのプミポン国王の容態が不安定だということを知り、「彼はもうそんなに長くないかもしれない」と思った。

そして7時半頃、座椅子に座っているいさどんの後ろに、プミポン国王の立っている姿が現れた。その時の国王の姿は先程のニュースで映っていた現在の白髪の年老いた姿ではなく、いさどんと一緒に昨年タイを訪問した際、寺院に飾られていた若かりし頃の国王の姿だった。

2015年12月に仏像の開眼式に招かれた

いさどんの後ろに国王が立っている姿を目の当たりにした私は、「彼はいさどんにバトンタッチしてから彼の行く先に向かうのだ」と思った。

それで昨日、午後3時頃、みちよんからの「タイの国王が崩御されたことを受けて、プラ・サンコムにメッセージを送ろうと思います」というメールを見て、国王が崩御されていたことをそこで初めて知った。それでインターネットで調べてみたところ、実は彼は日本時間で一昨日の午後5時52分に崩御されていたことを知り、「彼は肉体を離れてから、いさどんの元に来ていたのだ」とわかった。

そこで気付いたこと。昨年いさどんはプラ・サンコムに招待されて仏像の開眼式で祈りを捧げた、と今日まで私は認識していたのだが、実はいさどんは霊的にはプミポン国王に呼ばれ、彼の最後の誕生日(2015年12月5日)をタイの地でお祝いしてきたのだということ。もちろん、プミポン国王というよりも、そこには天の意志、時代の流れがある。

プミポン国王は、親日家としても知られ、1963年国賓として日本を公式訪問し、2006年の即位60周年祝賀行事には天皇皇后両陛下が出席されていたそうだ。

昨年、いさどんと一緒にタイを訪問した時には、特にプミポン国王との霊的なつながりを私は感じず、一昨年のインドの旅に比べタイという地にそれほど霊的なつながりを感じてこなかったのだが、今日になってその物語がするするとひも解けてきた。

昭和天皇様が崩御された後にいさどんの元に現われ、「日本の国をよろしくお願いします」と挨拶されたこと。談話室で休んでいたいさどんに山岸巳代蔵が現われ、いさどんに握手していったこと。一昨年の11月インドのガンジー記念館で、いさどんがガンジーの聖なる魂の波動を感じ、新たな時代の幕開けにつなぐものとして、彼から魂のバトンを受けたこと。今年の花祭りの際、出口王仁三郎さんから「私が実現したくてもできなかったことを実現してください」と託されたこと。そして今回、タイのプミポン国王からバトンタッチされたこと。

木の花ファミリーに託されているものは、私の人智では到底計り知れない ──── 。だから、天の物語を共に紡いでいくだけ。想像以上の物語がすでに用意されているのだから。


 

いさどん:
あなたはやはりここにいるべきだ。なぜなら、そういった記憶を忘れずに今日のこの場につなげるのだから。

ますます、先は見えなくなった。見えなくなったからこそ、進める。これが見えていたら、先へは行けない。なぜかと言うと、見えていたら、この古い戒律の中に我々も入ることになってしまう。それは今さらできない。見えないからこそ、行ける。この先に何があるのかを楽しみにして。見えていては行けない。

すべてのものは様変わりしていくのだから、わかった時点でそのわかったことを捨てなければいけない。いつでも自由自在に方向転換できることが宇宙の実相だとしたら、いつでも自由自在に時代の要請に合わせ、自らの価値観をひっくり返すことができるはず。それが本当の意味の高い精神を有するものであり、本来の仏教精神だ。それが「クニツクリ」であり、自由になっていくこと。そこに尽きる。

我々には、時代の波を泳いでいくことしかできない。波に呑まれてはいけない。逆らいもしない。波を乗り越えて泳いでいくことだ。我々の存在は、今までの世界に在る価値観で特定できないことは確かだ。何ものであるかはわからないが、それは未来が教えてくれる。

ようこ:
だからタイの人たちにとって、私たちが奉納したことは単に異国の空気というだけではない。これは日本の伝統でもないからね。だから、「一体何ものなのだろう?」と感じるのだろう。例えばクニツクリ奏上にしても、どうも日本の伝統ではないようだけど異国の新しい感じが漂っている。いさどんの奏上している雰囲気から、何か重要なことをやっていることは確かだ、と感じている人もいた。それは、「あれ?ここはどこだろう?」という世界。その心を私たちが生きれば、人々が目覚めるきっかけとなる。

いさどん:
我々は前人未到の道を生きている。それはパイオニアということではない。これは宇宙の実相だ。それは、常に自由であるということ。何ものにも囚われない。変化・変容・変態をくり返しながら常に進化する。そして時代を生きる。それが、宇宙を生きるということだ。

そうすると、過去のたくさんの聖者たちがここに託してくる意味が理解できる。彼らの生き方は決してそこで終わっているわけではなく、時代と共に未だに生き続け、進化し続けているのだから。そこにつなげないと、皆がつながらない。これは、地球上に平和をもたらすだけではなく、霊的にも平和をもたらす道だ。

僕は昨日のプレゼンテーションの最後に、「仏教の教えによって自我を取り除くことが、21世紀の新たな時代を導くことに気付きました。ですから、世界を平和にするためには仏教の精神が必要なのです」と語った。しかしそう言いながら、「NO」とも言っている。なぜなら仏教も進化し続けるものであり、戒律で縛るものではないからだ。仏教とは宇宙の法なのだから、そこを間違えてはならない。

僕は少なくとも、自由に生きられる立場を持っている。難しいとはいえ、誇れる生き方だ。

プミポン国王の志が何であったのか。お釈迦様の志が何であったのか。それをもう一度問い直さないといけない。後の人たちが自分たちの組織を維持するためにつくった戒律に、いつまでも縛られていてはいけない。

ある意味、プミポン国王は戒律の頂点にいた。頂点にいたからこそ、ある意味自由であり、不自由であった。その両方を感じていた。意識の高い人であったことは確かだが、意識が高ければ高いほど、自らの立場というものに矛盾を感じる。彼は王として生まれてきて、お釈迦様の精神と同じものを持っていたということだ。僕はいいね、自由な場所にいるよ。

ようこ:
だからこそ、この役割を果たせる。

いさどん:
心の王ではあるが、形の王ではない。難しいけれど自由な立場を与えられている。ありがたいね。

ようこ:
ありがたいね。

いさどん:
これは難しい。つまり、心はこの地上を生きるのではなく、天を、宇宙を生きなければいけない。我々は今も宇宙空間を旅している。世界観を広げることが、唯一、次に扉を開く道だ。だから、今やっていることは間違いない。「間違いない」というのは、囚われた「間違いない」ではなく、自由を見つけたという意味での「間違いない」だ。悟りというのはそういうことだ。ある特定の位置にポジションを見つけるのではなく、自由自在に囚われないというところに見つけなければいけない。

よし!今、「ありがとう、タイよ」というフレーズが出てきたが、そうではない。「この世界と共に」ということだから、そこにタイも入っているというだけのこと。

今日は良い時間をありがとう。

ようこ:
ありがとうございました。クニツクリ奏上をしてこの時間を締めませんか。

(クニツクリ奏上)

 

12月6日 第5日目・イ
(位置・現象界に最初に現れる粒子)

ー 朝、寺院を出発する前、仏像の前でクニツクリ奏上を皆で行った。

《昇る朝日のような道しるべ》

いさどん:
今、天に語りかけることは ──── 私の思うところを生きます。それは、天の示されている美しい心を持ち、地上に美しい世界を表現すること。私の意志はそのことに何ら偽りはありません。しかしながら、地上のものたちが未だ今までの価値観に囚われ、天の示される意味を理解しておりませんゆえ、正しさを履き違えております。そこで、私は天の意志に目覚め、新たな時代と共に先駆けとしてそれを実践していくことを自覚したものとして進みます。

なぜならば、地上のものの知恵を使って先を思い、それを想定していくことは、天との対話により存在するこの世界の真実から離れるからです。我々が目指すべきもっとも重要なことは、天の意志に沿って生きること。その先について、我々は考えません。それがどのような道であっても、その苦難を受ける覚悟はありますが、歴史がそうであったように、その道を開く天の意志と共になければ、その道はただ苦難だけに終わります。

まっすぐな道の先に、昇る朝日のような道しるべを示していただく ────。わかりました。

(しばし沈黙)

今、この歩む道の先に昇る朝日のような光が射してくるのが観えた。

お釈迦様は、自らに訪れる自分の中の魔を払拭した。お釈迦様は人々を導き新たな時代を示すために、自らの心の中に訪れる魔と対峙したわけだ。・・・そうか。わかったぞ!

僧侶たちはお釈迦様に訪れた魔を想像し、それを戒律として定めたのだ。しかし、魔と対峙するということは、戒律を守ればいいということではない。それは、真っ直ぐな光への道を見極める心をつくること。だから、出来事を指しているのではない。出来事はすべて幻だ。しかし、その出来事に対するこちらの心が魔を生み、汚れをつくり、美しいものを汚していく。だから、美しい心で真っ直ぐ歩めば、この世界にあるものはすべて美しくなる。それが、天が我々に求めていることであり、そこに汚れた心を一切介在させるな、ということ。つまり、解釈を介在させるな。解釈を介在させず、自然生態系の姿のように、一切そこに駆け引きの心をはさまず、美しい行いをすれば、美しい世界になっていく。

・・・言葉で表すのは難しい。でも、わかったぞ!

魔は、人の心の中に差すのであって、人々はそれを恐れて戒律をつくった。そして、戒律を守ってさえいれば道から外れないということにしたから、人々は美しい心を見分ける力を失ってしまった。己の心が美しく、真っ直ぐに、その光に向かっているならば、そのまま行けばよい。

目的は美しい心になることであり、戒律を守ることが目的ではない。戒律は手段だ。ただ美しくなればいい。

ようこ:
結局、世の中でも仏教でも、「形」が問われているけれど、私たちは「心」を問うているわけだから。

いさどん:
心を美しくすれば、自ずと形は美しくなる。

私がそのようになればいい。もうすでに時は来ておるゆえ、私がそのように歩めば、そこに道のあるものはすべてそこに追随していく。

・・・目をつぶると、この道に出会った頃のことを思い出す。己の姿が大仏のように大きくなって、目の前にいる小さな小豆粒のような存在が、その時の自分自身であるということに気付いた時のことを。

今は目をつぶると、己が黄金に輝く巨大な魂であって、その目からこの世界を眺めている。それは、おごりでもなく、真実の目を持ってみると、そのような景色が観える。

ようこ:
だから、いさどんに現れた黄金のブッダは、人の到達すべき魂としての境地を示していた。仏像はいつも人間界を眺めているでしょう?だから、仏像を偶像として崇めるのではなく、魂のあるべき姿として観ればいい。

いさどん:
我々は仏像を崇拝しているわけではないが、けじめだからね。クニツクリ奏上を行おう。

(クニツクリ奏上後)これは良い旅だ。

ようこ:
このエコ寺院をデザインし、天井画も描いたナショナル・アーティストのプリーチャさんによると、この月は7つあって、7日間・1週間を示している。しかし、それを聞いたいさどんは、「でも、あそこに見えない新月があるから、月は8つだよ」と言っていた。

上部に新月がある

その時に私は、「第8番目の聖者」の話を思い出した。これからは一人ひとりの衆生が目覚める時代でしょう。誰もが第8番目の聖者である、ということを思った時に、この8番目の月の下のところにマハジャナカ王(ブッダの過去生)が7日7夜泳ぎきって自分のやるべきことはやりきった時に、天使が現れ、天のサポートがあって助かったという物語が描かれている、と思った。

いさどん:
決意を持って命を懸けて乗り切ったということだ。

ようこ:
あそこに描かれているのが現代のバンコクのような混沌とした乱れた人間世界だけれど、ちょうどこの新月のところに描かれているのは人間のあるべき理想世界なんだよ。

いさどん:
これは桃源郷を現している。

乱れた人間世界
人のあるべき理想の姿

ようこ:
プリーチャさんがそのことを意識して描いたのかはわからないけれど、天意としては、これからの人々の目覚めを示していると感じたんだ。

いさどん:
この世界は八方世界だから、そうすると七方に対して、見えない八方世界に人間には見えない真理がある。この天井画でも、我々が行うクニツクリ奏上でも、宇宙の成り立ちを現していて、我々はその成り立ちの中に皆、組み込まれている。

だから、人々はそろそろ上を向いて生きていかないといけない。

昇る朝日に向かって歩くいさどん

 

― その後、ニーム製品を輸入しているワサント社のあるサラブリ州に車で向かう。お昼にワサント社に到着し、午後は施設見学。

 

12月7日 第6日目・ム
(六つ・上下左右前後の六方向・無)

― サラブリ州から、プラ・サンコム氏の故郷であるスリン州に電車で向かう。夕方、スリン州に到着。大きく真っ赤な夕日に出会う。

《六角堂ではなく、八角堂を》

ようこ:
私は今まで太陽が八角形というか、正八面体と思ったことはなかった。太陽は球だと思っていたのだけれど、今、太陽を見ていたら八方に観えてね。すべては同じだと思った。

いさどん:
太陽にも、北もあれば南もある。春分から夏至・秋分・冬至もある。だから、この世界は八方世界なんだよ。

ようこ:
それを、ナショナル・アーティストがプラ・サンコムの寺院の天井画に表現していたのもすごいね。彼は「宇宙は八方だ」と言っていた。

中央の花のようなシンボルが、宇宙が八方であることを示している

いさどん:
その昔、僕が田舎の先祖の土地に八角堂を創ろうとしていた(笑)。

ようこ:
本当だね!なぜその時に八角堂だと思ったの?

いさどん:
普通、建築では六角堂というのはあるのだが、僕はなぜだか「八角堂でなくてはいけない」と思ったんだよ。

ようこ:
すでにこの世界の仕組みを感受していたんだね。

いさどん:
そして、そのまわりの土地は円にして、円の中に八角堂を建てるというイメージだった。まあ、途中で終わってしまったけどね。

「宇宙は丸く、地は方なり。」方というのは、四方ということ。

ようこ:
四方というのは、八方のことだからね。四の対向発生は八になるものね。

いさどん:
だから、四苦八苦というんだよ。

ようこ:
いさどんは、ここスリンでもクニツクリ奏上をする感じがする。先のことは行ってみないとわからないけどね。

 

12月8日 第7日目・ナ
(七つ・成る・質的転換・分身)

― 午前中はプラ・サンコム氏一族が運営する土地を見学。午後は市内を見学し、夕方、プラ・サンコム氏の故郷の寺院に招かれた。プラ・サンコム氏はいさどんにクニツクリ奏上を行うことをリクエストし、その前にいさどんは寺院に集った村人たちに対して挨拶をした。

寺院に集う村人から歓迎の読経をいただく

《この世界を清浄にするために》

いさどん:
皆さん、はじめまして(大拍手)。私たちは日本の富士山麓に暮らしています。その土地は13000年前に人々が暮らしていた、日本最古の遺跡の上にあります。ちょうど13000年前、東アジアにカタカムナ宇宙物理学を元にした高度な精神文明が栄えていました。私たちはその土地に暮らしながら、今の時代が物やお金にあふれ、人々が幸せでないことを憂い、共に助け合う暮らしをカタカムナ文明に倣いながら、心を美しくすることを最も大切にして生きています。今回、タイには友人のプラ・サンコムに招かれ、皆さんとお会いするために来ました。

これからの時代、世界中の人々が助け合って暮らし、その心の豊かさの上に幸せがあることが大切です。その大事を皆さんと共に広げたいと思っています。私は今回で3回目のタイへの訪問です。タイの国へ来ると、仏教国であることがわかります。本来の仏教の自由で平等な精神は、私たちが目指す社会創りの元となるものであり、私たちが求める精神そのものです。特に、この土地にはとても親しみを感じます(大拍手)。

ただ今から、宇宙の誕生・発展・消滅を表したカタカムナのマントラを奏上します。それはこの世界を清浄にします。皆さん、お聞きください。

クニツクリ奏上前に仏像に献花

 

12月9日 第8日目・ヤ
(八つ・飽和安定・極限)

《「やっと出会えたね」-ヤイターさんとの運命の出会い》

いさどん:
昨日、プラ・サンコムにここの土地を初めて案内してもらっただろう?実は不思議なことに、プラ・サンコムの姪のお父さんが持っている土地に行った記憶が僕にはある。そして、そこへ行った時にその隣で土地を持っているヤイターさんという女性がいただろう?彼女は70歳くらいに見えたのだが、実際は54歳だと言っていた。実は、僕は彼女に会った記憶があるんだよ。

彼女はプラ・サンコムやプミポン国王の話に賛同し、プラ・サンコムのビレッジと同じように、彼女の土地のまわりに池をつくった。池には魚がいて、ホテイアオイがたくさん繁殖していた。それに、たくさんバナナの木が植えられていた。プラ・サンコムもそれを手伝ってね。そうしたら、彼女の夫はそのことに強く反対し、それでも彼女がやり続けたら、彼女に暴力をふるい、しまいには彼女の歯が折れてしまった。彼女は今も一人でそれをやり続けている。

過去に、僕はその話を聞いた覚えがある。彼女の土地をずっと歩いていくと、途中の池にホテイアオイがたくさん茂っているのも見た記憶があるし、さらに奥に行くと豚が飼ってある場所も見た覚えがある。

池に繁殖しているホテイアオイ
豚小屋

しかし、プラ・サンコムは、今回彼女の土地へ行った時に初めてその話を僕にしたのだと言う。ところが、僕にはその景色の記憶がすべてある。それに、彼女の歯の話も僕は知っていた。だから、プラ・サンコムがその話をし出した時、「あれ?聞いたことがある話だ・・・」と思い、懐かしく感じていた。だから、余計に彼女も懐かしく感じたのだと思う。昨日、僕が彼女に「あなたのしていることはとても大切なことですね」と伝えたら、彼女は泣き出した。そんなこともあって、ヤイターさんとはとても仲良くなった。

ヤイターさんといさどんの運命の出会い

ちなみに僕の知っている豚小屋は、もう少し整備されていた。だから、もしかしたらそれは、未来のことかもしれない。

ようこ:
それを聞いたプラ・サンコムは、「それはいさどんの第六感ですね。あなたの魂がヤイターさんの元に行っていたのです」と言っていたね。

いさどん:
まさにデジャブだよ。スリンは初めて来た場所だからね。

 

― 夜行列車にてバンコクへと向かう。

 

12月10日 第9日目・コ
(極限を超える・転がり出る)

― 朝になり、バンコクに到着するまでの車中にて、いさどんとプラ・サンコム氏はスリンでの村づくりプロジェクトについて語り合った。

《日出ずる村・アルンルンビレッジ!》

いさどん:
スリンでのプロジェクトを進めるためには、まず、ビレッジの名前を考える必要がありますね。そこからスタートです。

プラ・サンコム:
タイ語で、このプロジェクトの名前は「母なる大地への感謝」です。それは、私にとっての理想のビレッジの名前でもあります。

いさどん:
そのプロジェクトの名前を村の名前にしたらいけないのですか?

プラ・サンコム:
それはあまり良くないですね・・・。何か別のものを考える必要がありますね。というのも、村の名前はもっとインパクトがあるほうがいいと思うのです。たとえば「木の花ファミリー」のように。

いさどん:
ハッハッハ。

プラ・サンコム:
たとえば、タイには「パンパン」というビレッジがあり、それは何千もの種という意味です。

いさどん:
それでは、あなたの姪に「ギン」ちゃんがいますが、「ギンギン」はどうですか(笑)?

ようこ:
日本語では、「ギンギン」と聞くと、エネルギーが強く、輝いているイメージが浮かびます。

プラ・サンコムの姪 ギンちゃん

プラ・サンコム:
それでは、「Rising Sun (昇る朝日)」はどうですか?「Rising Sun Village (日出ずる村)」というのはどうでしょう?・・・・見てください!鳥肌が立っています!!

Rising Sun Village!!

富士山に昇る朝日はぴったりでしょう??

富士山と昇る朝日といさどん

いさどん:
その昔、僕は「その心、日の本の国全体に説くがよい」と天から啓示を受けました。「日の本の国」とは地球のことです。

プラ・サンコム:
世界中には木の花ファミリーやオーロヴィルのような新たな価値観を目指すコミュニティがありますが、私のコミュニティは「Rising Sun Village」です♪

ようこ:
英語で、日本という国は「The Land of the Rising Sun (日出ずる国)」とも言われています。

プラ・サンコム:
お釈迦様の時代、お釈迦様は、「叡智とは昇る朝日のようなものだ。黄金の光のようなものだ。黄金の光を受け取ることは叡智を受け取るということだ」と言われました。

木の花ファミリーは、Rising Sun ファミリーです♪ Rising Sun(昇る朝日)とは黄金の光のことです。それは、叡智が湧き出るということであり、どのように涅槃という境地に到達するのか、悟りに至るのかという叡智なのです。

いさどん:
黄金の光だったら、黄金の鯉を持ってこないとね(笑)♪ ハッハッハ。

プラ・サンコム:
もちろんです!昇る朝日に黄金の鯉!大きな魚を育てないといけませんね(笑)。

ようこ:
Rising Sun Villageは、インパクトがあっていいですね!ちなみに、タイ語で「Rising Sun」は何と言うのですか?

プラ・サンコム:
「アルンルン」です!

いさどん:
アルンルン!いいね!!

プラ・サンコム:
皆さんの国である日本の民は、太陽から来ていると考えられていますね。ですから、日本人は「太陽の子ども」なのです。それで、木の花ファミリーは宇宙の愛を表現しているのです。なぜなら皆さんは、太陽から来たということは宇宙から来たということだと信じているからです。

私は高校生の時に日本の歴史についての本を読み、日本人は太陽の子どもだと知りました。

いさどん:
それは、天照大御神のことでしょう。

プラ・サンコム:
詳しくはわかりませんが、日本の歴史についての本を読んだ時、日本人は自らの民族に誇りを持っていると書いてありました。

いさどん:
それは、日本の成立時代のことですね。しかしその後、第二次世界大戦の時代には、日本は間違いを犯しました。軍がそれを利用したのです。戦後、その精神を日本人は失い、今は西洋的価値観に汚染されてしまっています。それは、日本人が優秀であるがゆえにできたことなのですが、今はそのことによって国が滅びようとしているのです。これから、日本人の本来の精神を取り戻す時が来ています。そして、日本人の中に新たな価値観が生まれてくる時、それは世界のモデルとなるのです。木の花ファミリーは、その一つの雛形なのです。

プラ・サンコム:
世界の人々は、日本を世界の技術大国だと見ています。しかし、木の花ファミリーはその対極を行っているので、とても斬新な存在なのです。なぜ、技術大国である日本という国に、精神性を求める木の花ファミリーのような存在があるのか?日本にあるからこそ、世界の人々は、「このような国にこのような場所があるのだ!」と木の花ファミリーの存在に驚くのです。もし、木の花ファミリーのようなコミュニティがタイやラオス、ベトナムにあったとしても、それはインパクトがありません。なぜなら、私たちはすでに自然豊かな国だからです。

いさどん:
木の花ファミリーが日本にその存在を認められるのは、難しいところです。難しいところですが、木の花の芽は絶対につぶれません。

プラ・サンコム:
はい。ですから、私たちは協力していく必要があります。共に学び、平和を維持し、愛や慈悲を表現し、母なる大地に感謝していくことが大切なのです。そして、次世代にバトンタッチしていく必要があるのです。

いさどん:
その智慧を渡さなければ、我々の世代は遺産として苦難を次の世代に残すことになってしまいます。

プラ・サンコム:
その通りです。ですから、これから木の花ファミリーとアルンルン・ビレッジが共にあるべきなのです。そして、タイの子どもたちに、木の花ファミリーの考え方や生き方を学んでいってもらいたいと思っています。

 

《2018年のテーマは「再スタート」》

いさどん:
これからアルンルン・ビレッジの形を整えていく時に、精神性を発信するという意味では、タイには仏教精神がある。仏教精神を新たにリニューアルし、「太陽のもとに」という意味での、日本とタイを合同させたような精神性に仕上げていけばいい。それを背景にして、精神性を日本から発信し、自然と融合した具体的な生活のモデルをタイに置く。そうすると、相互が足らないものを補い合ってひとつのビレッジのネットワークを創ることになる。地域の特徴を生かしたビレッジがありながら、その精神性は共通しているということ。それが最終的に、地球コミュニティになっていけばいい。

いずれにしても、次の時代は、人々が共同して生きていかなければ乗り越えていけない。その意味を若い世代に伝えていく。それは教育というよりも、次の世代の人たちはそういった精神性をすでに持っているから、それを呼び覚ましていくということ。実際に、今までのような分離の時代に抵抗感を持っている若者が現れ始めている。分離のもとに豊かさを探究していた者が、融合し共有することによって豊かさを求めていかなければ、次の時代を生き抜けない時が来ているのだから。

・・・今、来年のテーマが出てきたぞ!今年は「爆発の年」だっただろう?爆発で壊れたから、来年は「再スタート」だ。実は、「旅立ち」という言葉も出てきたのだが、これは単なる旅立ちではない。我々はすでに船出という旅立ちをしているのだから、改めて出発ということだ。ここまで歩んできたからね。

ようこ:
そうだね。日本に原爆が落ちて、戦後、日本が再スタートしたように――

いさどん:
そういった意味では、これは再々スタートだよ!

ようこ:
日本で言ったら、再々スタートだね。今日は12月9日だけれど、76年前の12月8日は日本が真珠湾を攻撃し、原子爆弾が落とされる直接のきっかけとなった日。

でも、心という意味では再スタートということなのかもね。だから、今年のキーワードは「心の水爆」なんだよ!心の水爆があって、核融合があって、来年、精神性が再スタートする!

以前からいさどんが言っていたけれど、2018年、2019年、2020年の3年がセットになっているイメージがある。2015年、2016年、2017年の3年もセットだったのだけどね。来年からの3年間は2020年に向けての準備期間に入る。

それこそ、2020年頃には、このタイとのプロジェクトも形になっていることでしょう。

いさどん:
アルンルン・ビレッジが立派な森になっているよ。あそこは自然豊かな木の花のパーマカルチャー版になるのだろう。

 

― バンコク駅に到着。

 

《プミポン国王の黄金カラー=いさどんに現れた黄金のブッダ》

ようこ:
さっき、電車の中で来年のテーマが出たでしょう?そのことを思っていたら、プミポン国王の魂を感じ、昨年彼が亡くなられた直後にいさどんの元に現れ、バトンタッチされたことを思い出した。それは霊的なバトンタッチであり、今回実際にプラ・サンコムの故郷を視察したことにより、「物理的にも日本とタイをつなぎましたから、私の役割はここまでです。あとは皆さんに託します」ということだった。

プミポン国王のシンボルカラーは黄色でしょう?いわゆる黄金なのだけれど、それが先程プラ・サンコムが話していた「黄金の光は湧き出る叡智を意味し、それは悟りに至るための叡智です」という話につながった。その黄金とはきらびやかな物理的なゴールドのことではなく、神聖なる天の叡智を黄金で示していて、いさどんに黄金のブッダが現れた時の黄金の意味とまったく同じなんだよ。

だからこれから、見えないものを見える形として現象化するために、タイと日本が共同することによって、ここから世界へ発信していくということが感じられた。タイでの滞在9日目にして、この物語の意味がひも解かれ、転がり出たと思っていた。

いさどん:
プミポン国王の意志とは違い、大多数の国民はその意志をどちらかというと無視して生きてきた。だから、国王は心が晴れて亡くなったわけではない。だから、次に託さなければいけなかった。当然、彼が生きていた時代背景もあるから、それは成しえない時の役割だった。一般民衆ももちろんそうだが、僧侶たちや国王のもとで国を運営してきた政治家たちも、その意志を進めようとしなかった。だから、プミポン国王は人生を通してその志をやりきれなかったのだ。

ようこ:
それは時代と地域性の、トキ・トコロの両方の面でそうだった。

3年前にインドに行った時もスピリチュアルな旅だった。あの時は、いさどんの魂の故郷の地であるヒマラヤにいさどんが挨拶に行くという、過去と現在をつなぐ旅だった。しかし、今回のタイへの旅は、現在と未来をつなぐ旅。いさどんがタイに縁があるといっても、過去生でいさどんがタイに住んでいたのかというと、それは感じられない。

いさどん:
僕にはタイの仏教を新しくしていく役割がある。

ようこ:
今回のタイの訪問は、いさどんの人生にとっては3回目ということだったね。タイと縁が深いということは、これからつないでいく役割があるから。

いさどん:
1回目は35年前にインドを訪れる前バンコクを経由し、バンコクの市内観光をした。2回目は2年前に訪れたマブ・ユアン自然学校、そして今回の3回目はアルンルンビレッジ!

ようこ:
今、世界中で人々の心は乱れているけれど、その建て直しがまずは、日出ずる国・ヤマトから始まり、それがタイヘと広がっていく。タイヨウの国・タイだからね。その話を成田空港へと向かうバスの中で話したね。

いさどん:
そうだね。

ようこ:
そこにつながった!爆発の年というのは核融合の年でもあるのだから、太陽の核融合の年に、タイに、太陽ビレッジ構想が始まった♪

 

― その後、クイーンズギャラリーに到着。ナショナル・アーティストのプリーチャさんに案内してもらいながら彼の展示品を鑑賞した。

 

《内なる美を現すゴールド》

プリーチャさん:
私は、プミポン国王をゴールドで描いていますが、このゴールドは物理的なゴールドを指しているのではありません。このゴールドは、内なる美を表しているのです。

― しかも、彼の作品の中には、「内からの爆発」というタイトルの作品がふたつあった。そのひとつ、「内からの爆発」は、2016年10月13日プミポン国王が88歳で亡くなられた日から翌日にかけて、プリーチャさんが仕上げた作品。もうひとつの「内からの爆発NO.2」は、プミポン国王が18歳の時に即位され、初めてスピーチを行った時の作品だ。

「内からの爆発」
「内からの爆発NO.2」

― アートギャラリーの入り口近くには、プリーチャさんと一般の人たちが共同で仕上げていく作品が飾られていた。プリーチャさんによると、左側は若かりし頃のプミポン国王、中央は死後のプミポン国王、そして右側は晩年のプミポン国王を描いたそうだ。左側と右側のプミポン国王のローブには、一般の人たちからのメッセージが書かれており、中央のプミポン国王のまわりにはメッセージを書いた人たちの名前が記されていた。

いさどんは、若かりし頃のプミポン国王のローブには、「タイ国の民衆と共にあります」というメッセージを記し、晩年のプミポン国王のローブには、「次の時代に託します。木の花ファミリーへ」というメッセージを残し、アートギャラリーを後にした。

― 夜のフライトでタイを出発し、日本に向かう

 

12月11日 第十日目・ト
(統合・融合・高次のエネルギー)

― 朝、成田空港に到着。木の花へと向かう車中にて。

《世界人類のためのプロジェクトとして》

いさどん:
ナショナル・アーティストによると、「プミポン国王は、民族・宗教を超えて、タイ国民のためだけではなく、世界の人々のために活動されました。これまでの10人のタイ国王の中で最も重要な国王であり、民衆はプミポン国王を単に国王として敬意を払っていたのではなく、タイ国の父として慕っていました」ということだった。

ようこ:
プミポン国王が亡くなられた時、国連の事務総長が「プミポン国王は国際的にも尊敬されていました」とコメントしていた。

いさどん:
それを聞いて思ったことがある。

富士浅間木の花祭り・世界中の清水が一つの釜で焚かれる

毎年1月の終わりに木の花ファミリーで開催される「富士浅間木の花祭り」では、世界中の清水が集められ、一つの釜で融合し、聖なる火で焚かれることで、新たな「クニツクリ」が始まる。つまり、「クニツクリ」とは、逆さまの時代を生きる人々が真実に目覚め、宇宙に創造された生命の星・地球で、神人合い和す平和な世界を創ること。そして、祭りの後にその清水はまた一つの海へと還っていく。

今回、我々はタイでの寺院の落成式に招待されたのだが、あの寺院は今回をもって正式に国の認める寺院として登録された。それは、プミポン国王の提唱する国創りに賛同した寺院ということだ。だから、あの仏像の体の中には世界各地の土が入れられている。それは、平和の象徴ということだ。しかも、プミポン国王の誕生日である12月5日は、世界土壌デーとなっている。

金色のカップに入れられた世界中の土が、仏像の中に入れられていく

そういった寺院の落成式に招かれる我々は、この富士山の地において世界中の水を集めた、火と水の祭りを開催している。だから、本当に縁が深いということを感じざるを得ない。

今の時代、タイに限らず、ここの生き方が求められていることは確かだ。そして、これはタイ国のためだけではなく、世界人類のためにあるプロジェクトだ。それを我々は現象化し、モデルとして、世界中の人々に示す必要がある。それがプミポン国王が望んでおられたことであるし、お釈迦様の意志でもある。

さらに、プミポン国王はそれを民衆の生活に表現したかっただろうと思う。

ようこ:
そうだね。中国の天盤の巡りによると、1927年に白陽期が始まっている。白陽期とは、民衆の目覚めの時代。実は、その年にプミポン国王が誕生しているのだから、まさにプミポン国王は民衆の目覚めのために貢献された方だった。

しかも、戦後、1946年という年は、プミポン国王が18歳で即位された年でもあるし、昭和天皇が国家の象徴となった年でもある。昭和天皇は天皇の神格性を否定し、新日本建設への希望を述べられたということだから、まさに民衆の時代の幕開けを意味している。

いさどん:
そして、人々がそれを実践していくことが、我々が次の時代へとつなげていくための役割であり、若い世代につないでいくことが我々に今、求められている。

 

― これは、新たな時代を生きる全人類へのバトンタッチ。
まずは、今ここに出会っている、あなたへのバトンタッチです。

 

21世紀のクニツクリは、
地球の細胞である私たち一人ひとりの目覚めにかかっている

 

 


お釈迦様の時代の悟りから21世紀の悟りへ

僕が中学3年生のときに思ったことがあります。僕の父親は生まれは本家の長男で、社会的にも地位があり、自分の思ったように生きている人でした。近所の人からは、「本家の兄様で筋の通ったことを言う人」ということで、一目置かれていました。しかし、彼には敵・味方がいました。僕はそういった父親が嫌だったのです。僕は皆に支持される人生を生きたいと思っていました。しかし、父親はそのような敵・味方がありながらも、多くの人に支持されないといけない政治家をしていたのです。その立場は嫌いな人からも支持をもらうために、そのような人たちにもへつらわないといけなかったのです。それで選挙に出ると、父親のことをとても支持してくれる人もいれば、大反対して彼を落選させるための候補者を立てるような人たちもいました。僕はそういったことがとても嫌でした。それで、本当に筋の通った生き方をしようと思ったのです。しかしながら、筋を通すということは、ある意味筋のわからない人たちの反対に出会うこともありますが、少なくとも自分が筋を通したことに対して揺るぎのない心を持ちながら歩んでいくことを心がけ、これまで生きてきました。

それで中学3年生のときに、「このまま僕が自分の心にメスを入れないで生きていけば、親子だから父親のようになるだろう。だからこそ、今から自分の心にメスを入れるのだ!」と決意したのです。そこから僕は高校進学を決め、高校ではそれまでの自分では考えられないような生徒会活動に参加したり、応援団をやってみたりと、自分の苦手だと思うことを積極的にやっていきました。なぜなら、それが自分を変えることだと思ったからです。

自分を変えるとは、内から湧き出た想いと向き合い、日頃から自分が苦手だと思うことにチャンレジしていくことです。つまり、自分にとって嫌なことに向き合っていくその心が自分を新たな世界へいざなっていくのです。

多くの人々は「これは嫌だ!」「あれは嫌だ!」と嫌なことを遠ざけて、心地良いと思うことを正しいとして生きる傾向にあります。それは時として、自身の実態と向き合わなければならない場面では、自分自身の実態から逃げるような姿勢を取ることにもなるのです。そのような人生を積み重ねていくと、「あなたは一体何のために生きているのですか?」ということを問われることになります。

人が生きているということは、「四苦八苦」と言われるように、いろいろな問題に出会うことになります。なぜ、わたしたちはその四苦八苦に出会うのでしょうか。それは自らが自業自得で招いたことなのですから、そこを学びクリアしていくためです。つまり、わたしたちの生きた結果、その答えとして四苦八苦に出会っているのですから、それは自らの生きる姿勢の結果出会ったことになります。わたしたちが人生を学びとして生き、人間性の成長につなげていくならば、そうした自分自身の性質に向き合い、その性質の問題点をクリアしていくことが、わたしたちが生きる目的ということになります。ですから、出会ったことを学びとし成長につなげていけば、人生は四苦八苦から解放されることになります。

今から2500年ほど前、お釈迦様は「人として生を受けることは四苦八苦に出会うことである」と説かれました。当時の人々にとって生きることは食べることでした。つまり、今日一日食べられるかどうかが生きられるかどうかを左右するような、必死な時代だったのです。ですから、生きることは苦に出会うこととして、生きる定めを生老病死につなげて説かれたのです。そのような時代には、お釈迦様は「この世界に生まれ存在することのすべてが苦痛である」と説かれ、生まれ出ることが苦痛の始まりであり、生きることが苦痛の連続なのですから、その苦痛から逃れるためにはどうしたらよいのかと説かれたのです。当時、世の中は特定の権力者に支配され、民衆には希望のない混沌とした時代でした。ですから、「生まれてくることがいけないのだ」と生きること自体を否定的に捉える時代だったのです。

そこで小乗仏教で象徴されるように、現世が苦痛であることから少しでも功徳を積んで生まれ変わり、次の生まれ変わりは良い人生が生きられるようにと人々は願うようになっていきました。それがさらに大乗仏教になると、苦痛の世界から極楽浄土を求めご利益的救済への道に変わっていったのです。そこでは本来、自我を超越する道であった探求の道が、苦痛から解放されたい願望を叶える道に変貌し、そのことにより結果として人々はカルマにまみれていくことになったのです。

大乗仏教の代表的な経典である般若心経は、色即是空といって、すべてを「空(くう)」にして境地に逃れることを説いています。しかし、苦痛からの解放を求める者に手法として「このように思えばいいのだ」と伝えたところで、その想いが湧き出す自分がいる限り、苦痛から逃れることはできません。そこで座禅を組み瞑想をしたところで、その結果は迷走につながることになるのです。それは、実態の伴わないバーチャルな体験に基づく境地を求めるものです。そこで現実に囚われない境地に至ったとしても、肉体という現象を持っている限り、わたしたちが「無」になることはありません。そのようなバーチャルな境地に至ったところで、現実の問題事は何も解決されません。そういった空(無)を掴むような心境に至るのが、般若心経の限界なのです。さらに、実体のない仏や神をつくってそこにすがり、救われようとするのが南無阿弥陀仏です。それは、どのような生き方をした者も、ひとたび天に向かって呪文を唱え救いを求めれば極楽に至るという、インスタントに人々を救済する魔法の教えです。そういった組織宗教になってしまった教えは、「どうか、わたしを救ってください」という精神の人々を亡者に仕立ててしまったのです。

それに対し、仏教の究極の教えとされる法華経の教えでは、色即是空とは言え、実体はあることを説いています。現実に宇宙はあり、トキは動き、宇宙は永遠に紡がれていく――、そうした宇宙の実体を理解し、宇宙そのものである自分自身がどのようにそれを喜びとして表現し、この世界で役割を果たしていくのかが、法華経の本来の教えなのです。しかし、現代の人々はそこまでの解釈をしていません。法華経すら、ひとたび南無妙法蓮華経と唱えれば救われるという、結局南無阿弥陀仏と同じご利益宗教になってしまっているのです。

本来、生老病死の実体を知れば、そこから逃げる必要はまったくありません。その実体を理解し、「ヒト」としてどのように生きたらいいのかを悟れば、この地球上にいながらにして宇宙の法のもとに生きることができるのです。「ヒト」とはこの世界の始まりから終わりまでを悟り、統合した者のことです。それが、「無」の状態で「有」を生きるということです。ですから、何でも「無」としてはいけないのです。それは、「無」もしくは「空」の状態で「有」を生きる術を身につけることです。そこに至れば現象界という「有」の世界で、無欲という「無」と、「空」という何も特定していない「いただく」精神になることができるのです。それがこの世界の大本(潜象界)を理解し、現象が潜象界(ない世界)から現象界(ある世界)に現れることの意味を理解することであり、現象界に生まれ出た人間の本来の意味を理解することなのです。わたしたちは生きることで、地球に肉体を持つことの意味を発見できるのです。

宇宙は「成住壊空(じょうじゅうえくう)」と言って誕生・維持・破壊・空を繰り返しています。「成住壊空」の「空」の状態が涅槃(ニルヴァーナ)の境地です。しかし今、わたしたちの世界は「成住壊空」でいう「住」の段階にあります。ですから、「住」の道をどのように生きるのかを語るとき、「住」にいながらにして涅槃を目指すことは本来おかしいのです。それは今を生き、「成住壊空」の仕組みがわたしたちの日常に遍満していることを知ることから、始まるのです。

時代は21世紀に入り、2000年から3000年の新たな1000年サイクルに入った今、わたしたち人類は生きることの真の意味を悟る時代を迎えています。お釈迦様の時代は、「人として生まれ出でると四苦八苦して生きるのが大変だから生まれてくるな」というのが悟りを目指す目的の原点でした。ところがそういった苦しみの世であるにもかかわらず、後の世は、人は減るどころか急激に増え、人々は四苦八苦から逃れるどころか、欲望におぼれ、かえって苦痛の種を人生にまき散らし、その結果世の中は人々の四苦八苦の渦に巻き込まれ、混乱の極みに達しているのが現状です。

中国の天盤の巡りによると、地球上に宗教がもたらされたのは今から約3000年前のことです。そして3000年の時を経て、今、宗教の時代は終焉を迎え、わたしたち一人ひとりが目覚めていく民衆の時代を迎えています。新たな時代を生きる人々は、願望を叶えることや救済を求めるのではなく、自らが自らを正しく悟ることによって、自我に翻弄されることなく、誰にも救済される必要のない、高い意識の存在となれる時代を迎えているのです。

そこで2000年からの新たな1000年紀は、欲望と共に拡大し得たものを必要なものと不必要なものに仕分け、そぎ落としていく時代です。人間は他の生物と違い、食べていければそれで満足していくものではありません。植物や動物なら、自らの生命を維持できる環境が整っていれば安定して存在しています。ところが、人間は生きていられても、それだけでは安定しないのです。人生に希望や喜びがあることによって、安定するのです。ですから、いくらお金を持っていても、そこに希望や喜びがない限り、さらにお金を求めるようとするのです。そこで、本当の生きる目的が観えていれば、お金やものに執着したり翻弄されなくなります。ものは少なくても不安になりませんし、人と共有することが魅力的になり、その境地に至れば真の希望や喜びが湧いてくるのです。21世紀から始まる人類の歩みは、そのような心の価値と出会った喜びや、心が成長し霊的な豊かさを通して、「ヒト」としての本来の悟りに至る道なのです。

しかし、たとえば今現実にニコチン中毒やアルコール依存になっている人たちに、「そこから解放されると喜びですよ」と伝えても、現状の状態でそれを手放すのは彼らにとっては苦痛を感じること以外の何物でもありません。何かの中毒になっている人にはそれは無理な話です。ここで大切なことは、「なぜ今の自分はその中毒を引き起こすものを必要としているのか」を理解し、自然にそういったものがいらなくなる状態になることです。今の時代、多くの人々は様々な中毒症状を引き起こしていることに気付いていません。一生懸命幸せになりたいと願っても、自我に囚われていたら、自らを不幸にしていきます。そして、わたしたち一人ひとりの中にある矛盾が地球上にこれほどの矛盾をつくっているのです。

近代科学が進み、天文学の解釈も進み、キリストやお釈迦様の時代には解釈できなかったことが今、紐解けるようになりました。人類がその優れた能力を使い、ここまで宇宙を解き明かせるようになったからこそ、今、わたしたちは生きることの真の意味を悟れる時代が訪れたのです。宗教の時代のお釈迦様は苦から逃れることの悟りを説かれましたが、21世紀に入った今、わたしたちは新たな時代の悟りを迎えようとしているのです。

宗教の時代の初期は、個人が個の悟りを求めてブッダとなった時代でした。それが、優れた聖なる人の見本となりました。しかし、これからの時代は「すべての衆生に仏性あり」というお釈迦様の言葉にあるように、わたしたち一人ひとりが宇宙の真理に目覚め、すべての人々がブッダとして目覚めその自覚をもって生きる時代です。さらに、「仏の悟りは仏のためにあらず。仏の悟りは一切衆生のためにあり」とお釈迦様が説かれたように、他者の目覚めが自らの願いであり喜びとなったとき、それこそが新たな時代の人々の姿なのです。

僕の話は個人レベルの話が常に地球レベル、そして宇宙レベルになります。日常生活が地球レベルであり、宇宙レベルなのです。なぜなら、この現実は地球の自転と公転、太陽と惑星との関係、銀河との関係によって紡がれており、大宇宙の中に繰り広げられている物語だからです。そこまで自分自身を広げ、その精神をもって日常生活を生きることが人類には可能なのです。わたしたちはその境地に至れば、自らの自我に翻弄されることなく、この世界を自由自在に生きることができる存在です。それが、21世紀を表現する時代に込められた願いであり、わたしたち人類が果たすべき役割なのです。

 

Source of photo:www.tbs.co.jp/heritage/feature/2012/201201_06.html

 


今、目の前にあることが天の与えた道

35歳の男性ゲストがいさどんに、「自らを探究し、精神性を高めていくために一番必要なことは何ですか?かつていさどんが1000日の業を行ったように瞑想することですか?」と質問したとき、いさどんは次のように答えました。

――

僕は昔、お釈迦様にこう言われたことがあります。僕が30歳のときにお釈迦様に出会い、それから5年くらい経ったとき、僕はそのときまだ会社を経営していて、普通の生活をしていました。毎日仕事へ行くのですが、ある朝ふとこう思ったのです。

「この世界にはいろいろな人生がある。いろいろな人生の中で、自分は自らが生活するための生業をしている。なりわいとは「生きる業」と書き、業とはカルマのことでもあり、自らの欲得のために生きているということ。世間では尊いとされる者が宗教の教祖になったり、中には修行だといって滝に打たれる者もいれば、瞑想している者もいる。そのような道を歩む者に比べ、自分は単なる生業のために日々を送っている。意識はしていても、世間でいう優れている人の生き方はしていない。」

だから、お釈迦様にこう尋ねました。
「わたしはあなたからこのように道をいただきながら、昨日も今日も、こうして自分が食うがための生業で一日を過ごしております。しかし本来、あなたは出家という道を説かれ、難行苦行をし、人々に仏法という道を広げられました。それだったならば、わたしも町へ出て、人々に道を説くべきなのではないでしょうか。もしくは瞑想するとか、滝に打たれるとか、自らを磨くための修行をするべきなのではないでしょうか?」

そうしたら、お釈迦様はこう言われました。「わたしはそうであった。そなたがわたしに出会ってこの道を受け継ごうと思うのならば、この世界は時代と共につながっていく。わたしの時代があって次の時代があって、おまえの時代がある。わたしの時代とおまえの時代は切れているのではなく、すべてつながっている。時と共に時代が進んでいくことも、原因と結果という因果の法によってつながれている。そうしたら、わたしとおまえに違いはあるか?この道をわたしが生きて、これに出会ったおまえがわたしの延長に生きるとしたならば、おまえはわたしに出会ったからといって、なぜもう一度わたしがしたことをする必要があるのか?それなら、おまえはわたしの時代に生まれればよいではないか。しかし事実、おまえはおまえの時代に生まれている。もしそなたがこの道に目覚めて歩むのならば、わたしの歩んだ延長に受け継げばよい。二度と再び、わたしのしたことを繰り返す必要はない。」

さらに、お釈迦様はこう言われました。
「ならば、町へ出て、家の戸を叩き、そして語りかければいい。誰が耳を傾けるか?おいしい言葉や恐怖でも語れば人は聞くかもしれないが、それは本当に道を求めるものではない。道とは、生命の道であり、それは生きることの上に現されるもの。おまえは生きるという生業のために今日一歩を踏み出そうとしている。それも、志はわたしの心に出会ってその道の延長だと言っている。その延長に今日があるとしたら、おまえはそんな余分なことを考えず、今目の前にあることをやればいい。その先に道が必ず用意してある。」

それで、僕は毎日仕事に行くと、そういう話をしなければいけない家庭不和の家に出会ったり、いろいろな問題のある場所に出会って、そのカラクリを伝え、行くところ行くところでちゃんと場が用意されていたのです。僕は仕事をしていると思っていたら、仕事は単なるきっかけであって、「道とは生活であり、それは生命の成り立ちである」と気付いたから、自分で計算しないようになりました。

今、目の前にあることが天の与えた道です。なぜなら目の前にあることで今日自分が一日動くと、地球の一自転に付き合うことになるのです。一年生きたら、地球の一公転に付き合うことになるのです。それは二度と同じところへは行きません。常に新鮮なところへ行くのです。ですから、常に新鮮な心でそれを受け取らなければいけません。僕はお釈迦様からそう伝えられました。

だから、「自分はこうするべきなのではないだろうか?」と思わないことにしたのです。そうすると、確実に新鮮な毎日が来ます。

お釈迦様はさらにこう言われました。
「わたしの時代は、そのような苦行の道を歩む時代だったが、それは道が観えるための働きであった。ただ、わたしの時代の人々は、心がまだ美しかった。人々には、正しいことを正しいと言えば、正しい方へ行こうとする仏の心がまだ残っていた。しかし、そなたは今の世に生きるゆえ、人々に正しいことを伝えても、世の中には正しいがいっぱいあって、人々はどれが正しいかわからない時代になっている。わたしが苦業を通して苦を味わい切り開いた以上に、そなたが道を歩むことは苦と出会うことであり、それはわたしの時代よりもたいへんなのである。その時代に真実を伝えることは、並大抵の覚悟ではできない。そのような覚悟を持っていけ。もしおまえがわたしの道を受け継ぐと言うならば、その先を行けばいい。だから、わたしの道を真似ることは一切いらない。」
道というものは、常に受け継がれていくものであり、時代と共にあって、新たに生まれ変わっていくものなのです。そこに共通するのは、志のみ。その道を継承する者は、常に前人未到の道を歩むことになります。それがこの宇宙の実相を歩む者の姿勢なのです。

 


お釈迦様の時代の悟りから、新たな時代の悟りへ

ある日の大人会議で、「いさどんの七夜物語」シリーズ第六話がシェアされました。

 
こうちゃん:
この七夜物語の第六話には僕のことがたくさん出てくるんだけど、自分を振り返ってみると、あのころから比べて意識的にとても変化したと思う。これはとてもいいなというか、誇れるというか、今日読み合わせた七夜物語の第六話の中でいさどんが話した境地までは、まだ至っていないと思うけれど、この先が楽しみだと思います。
これを読んで、みんなは「自分が主役であること」や「一人一人が全体性を持つことが大切」と言っていたが、それと同時に僕が思うのは、こういった意識を七夜物語のところからずっと育ててもらったのだと思っています。
この意識を日常でいつも持っていたら、常に自分が主役であるという意識を持つことや全体性を意識して心がけることに加えて、世界観を広げる意欲があれば、その延長に着実に歩んでいることを感じられるし、今度アンテナショップもできることになったので、そこにこの心をもっていけば、外の人たちに異次元空間は提供出来ると思っている。

いさどん:
人間に生まれてきた「性(さが)」、これを人間性といいますが、その人間性は生きているとどのレベルかということが問われます。人として生まれてくるものの特徴は、思考回路が複雑で、願望を持つようになり、さらに願望を膨らませることもします。そこに、長年生きてきた結果しみついた心の癖(カルマ)に翻弄されて生きれば、さらに複雑な生を生きることになります。
そういった生を通しての経験は、垢を取り去り、意識が高まって高次元の美しい人生を生きるようになるのが本来の在り方ですが、人間の性(さが)というのは低い次元の状態でいると、しみついたカルマが垢として、高次元の美しい人生に到達することの障害物にもなるものです。そして、そこで得た経験やものが執着となり、さらに人生の足かせになっていくものなのです。

現代社会において、高い地位や優れた能力を発揮し、評価されているような立場の人々が、その立場に相応しい立派なことを語っていても、その人の奥にある精神性が、自我そのものであるということが今の世の中にはたくさんあるのです。優れた能力を発揮したからといって、その奥にある性質により、その人自身の霊的な価値は図れないのです。結果それでお金儲けに走ったり、その立場に執着するようであれば、世の中に混乱をもたらす原因にもなるのです。

それは、今の時代の成功者として評価されているリーダーたちや、政治家、経済人、宗教家、教育者などなど、そういった人たちが多いのです。そのような人々は、自らの内側に向き合い、自分の魂を潔く禊ぐくらいの精神を持っていかなければ、自らは善い行いをしていると思っていても、世の中には混乱をもたらす原因となり、霊的には罪人にもなるのです。

そういった現代のからくりが、今ひも解かれる時を迎え、社会ではその裏側が各方面で暴露されてきています。パナマ文書はその一つの事例です。そのような現象は、今地球のマグマが活動期に入り、世界中の火山が活発に活動し始めたように、それはある意味、精神世界の火山が噴火し始めたようなものです。このような世の中の闇の部分は、これから益々暴かれていくことになるでしょう。

そういった時代を表現する人間の性(さが)に対して、その昔お釈迦さまは仏法を通してどのように道を示したのでしょうか。すべては、自分という認識が成立することによって世界を解釈し始めることから始まります。人のすべての解釈は、自我の成立から始まり、その自我の位置を基準としてそれを尺度とし、この世界を図り始めます。ですから、始まりの始まりは自分というものの成立から始まっているのです。

一体全体、人間とは何者なのでしょうか。そして自分とは何者なのでしょうか。ほっておけば悩むし、ちょっと迂闊にしていれば腹も立つし、妄想も膨らませれば、願望も膨らみ、それに囚われればことが成らないといって萎縮もするし、ことが成れば自信過剰にもなる、感情の荒波に翻弄される複雑な存在です。それが、それぞれの個体で個性的な特徴を有し、無数に存在しているとしたならば、このような不可思議な生き物がほかにいるでしょうか。

そんな人間の中の自分というのは何なのか。自分が存在するばかりに、この世界を解釈するのです。その解釈は、人間の数ほど尺度があり、人間の数ほど物事の捉え方が違うのです。それを客観的に観察すると観えてくるものがあります。その目線は、自分というものの自我の窓を通してしか外が見えない。どんなことをしても、自分以外の窓から見ることはできないのです。そして、この自分というものをどのように捉えるのかというと、お釈迦さまの示された道はネガティブモードの道だったのです。

その道の始まりは、生老病死に始まり、人生の全ては四苦八苦なのですから。だから、この世界に生まれ存在することの全てが苦痛であると、説かれたのです。そして、生まれ出ることが苦痛の始まりであり、生きることが苦痛の連続なのですから、その苦痛から離れるためには、どうしたらよいのかと考えたのです。そこにはたくさんの理屈があるのですが、結局は自我という尺度を持っているから苦しみに出会うのだと結論づけています。そして、諸行無常、色即是空と説いたのです。

しかし、そのような苦痛からの解放を求める境地のものに、手法としてこのように思えばいいんだと伝えたところで、その思いが湧き出す自分がいる限り、思いは湧いてくるのだからどうしょうもないのです。そこでどのように瞑想をしたところで、その結果は迷走に繋がることになるのです。それは、実態の伴わないバーチャルな体験に基づく境地を求めるものだからです。このような体験をいくら積んでも、その思考形態で生きていること自体、四苦八苦を産み出す仕組みの中にいるのですから。
そこで、どうしたらいいと思いますか?

A子:
死ぬ。

いさどん:
死ぬ?違うよ。死ぬんじゃないよ。反対だよ。

B男:
生まれなければいい。

いさどん:
そう。お釈迦さまは、生まれなければいいと示したのです。生まれなければこの苦しみを体験することもなく、結果この苦しみから解放される。お釈迦さまはネガテイブですね。(みんな笑い)

生まれてきたが、人生で出会うのは四苦八苦で苦痛の道だから、ここから逃れるためには、生まれなければいいということになります。生まれてくるということは、肉体という特定を得、自我というカルマが発生し、それにふさわしい自我の人生を生きることにより、それが次のきっかけとなり、また生まれてくる。何回も何回も生まれ変わって輪廻を繰り返すのだから、そのけじめのない輪廻に嫌気がさし、生まれないためにはどうしたらいいのか、又はなぜ生まれてくるのかを考えたのです。そうして行きついたのが、「自らに囚われ、執着する心に自我が成立することにより生まれてくる」ということ。それが人間の性(さが)なのです。

ところが面白いことに、13000年前の叡智であるカタカムナでひも解いていくと、ヒトという境地に至った存在は、完成された悟りの境地のものを指します。そこでは、「ヒトであるということ=この世界の始まりから終わりまでを悟り、統合している者=悟っている状態」と示しています。それは本来、仏教で言う、生まれてくることのないもの、もしくは生まれてきたとしても、人の性(さが)に苦しむようなものではなく、自我を超越した存在(菩薩)と示しているのです。

ところがカタカムナの後の時代、今から2500年ほど前、お釈迦様が道を示すために役割をもらって降りてきたころには、「人間は生きることにより四苦八苦するものである」というように人間性は固定されてしまい、世界は特定の王に支配され民衆には希望のない混沌とした時代だったのです。「生まれてくることがいけないんだ」と、生きること自体を否定的に捉える時代だったのです。

そこで小乗仏教で象徴されるように、現世が苦痛であることから、少しでも功徳を積んで生まれ変わり良い人生が生きられるように願うようになっていったのです。
さらに大乗仏教になると、苦痛の世界から極楽浄土を求めご利益的救済への道に変わっていったのです。そこでは本来、自我を超越する道であった探求の道が、苦痛から解放されたい願望をかなえる道に変貌し、そのことにより結果として人々はカルマにまみれていくことになったのです。

中国の天盤の巡りで示されているのは、地球上に宗教観がもたらされたのは、今から約3000年前のことなのです。そういった歴史の流れから捉えれば、そんなに古い話ではないのです。そして3000年の時を経て、天盤の巡りで示されているのは、時代は今宗教の時代を終え、新たな時代を迎えようとしているのです。その新たな時代を生きる人々は、生きることに、願望をかなえたり救済を求めるのではなく、自らが自らを正しく悟ることによって、願望(自我)に翻弄されることなく、救済される必要のない高い意識の存在(菩薩)となるのです。
そうするとこれからの時代は、宗教の時代に示されたような、「人として生まれ、人の性(さが)に翻弄され生きなければならない」というネガティブな感情からの解放ではなく、自我を理解し自我に翻弄されることなくコントロールし、その個性を有効に生かし、高い意識のもとに自らにも他者にも有益な人生を生きる人であることが望まれるのです。

3000年の宗教の時代を経て、人々が新たな時代を生きる人間性になったとき、「性」という字を「サガ」と読むか「セイ」と読むかの違いが示されてきます。そこではセイという読み方は「聖なるもの」のセイに通じることになります。そしてセイという示しは交わりの性に通じ、全ての生命の始まりのセイであり、宇宙の根源の働きに繋がるものです。そういった秘められていた仕組みが今、解き明かされ、その時代が今訪れたということになるのです。ですから、宗教の時代のお釈迦様は人々に悟りを説いたのですが、今新たな次の段階の悟りを人類は迎えようとしているのです。そのことに気づき、私たちは社会の先端を生きているのですから、そういった自覚の元に、自らと向き合って生きていきたいものです。

今日「七夜物語」の第六夜を聞いて、晃ちゃんの話がたくさん出てきましたね。晃ちゃんの精神性の成長のプロセスの一段階を見ました。晃ちゃんは、第六夜に出てくる自らの段階をみて、「自分はあそこにいたんだ」と振り返りました。そして、あそこからここへ来たんだと気づいたときに、いさどんがその後にその次の段階の話をしてくれました。そこでまだ、次の段階には至っていないけれど、以前のもっと下にいた時から今の段階にいることの意味がよく分かり、そこを目指すんだという希望が生まれた、と言っていました。

人間というものは、一人一人個性的な人間性という性を持っているのです。お釈迦様の時代は、生まれてくると四苦八苦を繰り返し生きることの結果、わかればわかるほど生きることはつらいと解釈しました。そこで、「じゃあ早く死のう」という発想になるのではなく、四苦八苦の原因を消滅させずに死んだところで、またそれが原因となって生まれてくることになり、また四苦八苦を生きることになる。ということなのだから、生きることを吟味して生まれることのないようにしましょう、という道を示したのです。この道理はそういった生に対する認識の時代にはその通りですが、それがその時代にふさわしい道理と捉えるならば、今の時代には今の時代にふさわしい道理が求められるのは当然のことです。

2012年の12月21日25800年ぶりの「銀河の冬至」を迎え、時代は闇のピークを越え、今私たちは、人間性の愚かしさのピークも観たわけです。この時代には、戦争で示されるような物理的地獄もあれば、人々の心が創り出す闇の世界もあるのです。

最近の注目すべき話題として、日本で行われる伊勢志摩サミットを機会にアメリカのオバマ大統領が70年前に原爆を投下された広島へ初めて訪れることになっているのですが、オバマ大統領は、大統領就任後に核廃絶を訴えてノーベル平和賞を受賞しました。しかし、自国の核にすら何らの対策もうたないままに、世界は核の緊張の上のパワーバランスにより、北朝鮮の核開発が進むことを誘発するような現状のままにあります。その結果、辻褄を合わせるように今回の広島訪問が実現したようにもとれます。そういった出来事も含め、人類の心の闇も極みのところへ達し、世界のリーダーや、聖職者と称される人々が現代社会の行きついた矛盾の根源であることが観えてきました。それを時代が示していると受け取れます。

そういった表面的に取り繕った見せかけの平和を唱えるのではなく、このような現状を踏まえて、ターニングポイントを超えた次の時代の聖なるものとは、どういった精神に基づく探求であるべきなのかが、これから人類が目指すべき方向性です。人間に生まれてくると、人間性という人間であることの「定め」がついてきます。人間に生まれてきたら、ほかの動物とは違って、自らを認識する、考える、願望を持つ、膨らませる、叶える、喜ぶ、ということをします。そういった願望がかなわない時には、悲観することもします。その時に我々の喜びというものは何なのかというと、今までは全部損得勘定です。この損得勘定というものは、次元によって質が全く違うのです。物理的な損得に基づく損得勘定もあれば、自らの霊的な価値が積めるか積めないかという損得勘定もあるのです。

そこが観ているところの違いで、こうちゃんはさっきの第六夜の話を聞いて、去年の9月ごろの自分に立ち返って、こういった喜びや豊かさがあるんだ、という心境になりました。そういった心境に至ったときに、人はモノやお金に縛られることから解放されます。そのような心の価値と出会った喜びや、心が成長して豊かになっていくことを通して、お釈迦様が道を示された頃の時代のようなネガティブな悟りではなく、「ヒトとしての本来の悟り」に至るのです。

それは地上を生きるものにも、天に存在するものにも共通して有効なものです。お釈迦様の時代は、「人として降りてくると四苦八苦して生きるのが大変だから生まれてくるな」というのが悟りを目指す目的の原点でした。ところがそういった苦しみの世であるにもかかわらず、後の世は、人は減るどころか大変増えて、人々は四苦八苦から逃れるどころか、欲望の感情におぼれ、かえって苦痛の種を人生にまき散らし、その結果世の中は混乱の極みに達しているのが現状です。

本来ならば、そのようなろくでもない人間は、地上の理想を目指す目的からすると不必要なものとして淘汰されるべきものです。ですから、人々が天意に沿って生きていたならば、人が生きることにより自らを磨き高め、本当に必要な魂だけで地上は安定した世界になっていくはずなのです。そして、そういった世界では本当のヒトが世界を創っていくことになります。地上で生きるにしても、「ヒトでなし」ではなくて、ヒトにふさわしい人が生きる時代がこれからの時代と考えた時、これからの人たちの損得勘定は自らを高次に導き、自らが納得し誇れる生き方をするべきです。そして天とともにクニツクリをし、地上を豊かにし、みんなが楽しみ喜べる、嬉し楽しの世を開くために生きるものであるべきです。その喜びが、自らの願いであり意志として生きるものになったときに、これこそが、新たな時代の人々(菩薩)の姿なのです。

宗教の時代の初期は、個人が個の悟りを求めて仏陀となった時代だったのです。それが優れた聖なる人の見本になりました。しかし、これからの時代は「すべての衆生に仏性あり」とお釈迦様の言葉にあるように、一人一人の精神が天意に目覚め、全ての人々が仏陀としての自覚をもって生きていく時代です。

そういった時代の幕開けを感じとったとき、そのような景色を観、そのような喜びにこうちゃんは出会ったのでしょう。こうちゃんおめでとう、ということなのです。おめで統合だね。(チ~ン♪、笑い)

丁度今、木の花の精神性を表現した発信基地としてアンテナショップの計画がありますが、このアンテナショップでは「あれ~ここはどこだろう。これは何だろう?」という不思議な雰囲気を体感できる場所を目指しましょう。そして訪れた人々が「ありがとう」と言って帰っていくときに、何か懐かしい想いを感じ、また帰宅なるところにしたいものです。そこは、本当の自分に出会え、自分の家よりも居心地がよい場所にしたいものです。そしてその場所が、物理的な場所だけではなく、心の居場所であったならば、たくさんの人がみんな帰宅なるでしょう。それは、私たちは元々そこ(心の故郷)から生まれてきて、今まで忘れていただけなのですから。そういった場所をこれから創って世の中に提供していきましょう。

こうちゃん:
3000年前からの流れ、お釈迦様の教えも金神様が言うように、今の時代になっては、人々の意識の内では逆さまになっていたということだね。

いさどん:
そうだね。「まさしくこの世は逆さまじゃ」ということ。今の人間たちは、たくさんのものや価値を所有しているでしょ。そして、本当が観えない世の中になっている。これから、それが全部ひっくり返って新しい価値観の新たな世が始まるぞということで、本当に「嬉し嬉し、楽し楽し」とみんなで共に生きていきましょう。

 

 


533(いさみ)ナイトより②「信じる心で生きていく」

僕は30歳のときにお釈迦様との出会いをいただくようになり、その後育っていくためのいろいろなプロセスを経て、32歳からたくさんの人々を対象によろず人生相談を受けるようになりました。何でも相談を受けるということは、僕がどのような話にも乗っていくからです。たとえば会社の経営が上手くいかないとか、人事をどうしたらいいかとか、進学・就職・恋愛問題はもちろん、家庭不和・子育て・病気の相談まで何でも相談に乗って来ました。あの当時不思議だったのは、僕は自分で答えている意識がないのです。口が勝手に動くのです!お筆先ではなく、僕の場合は「お口先」でしたね♪今でも時々そんなことがありますが、話していると新しい発想が湧いてくるのです。そうすると、自分がそこから学びながら話しているときがあります。当時はまったくそうでしたね。だから話したくて仕方がないのは、自分の口から出てくることを学びたかったのです。

そのときに、自分の口から出てくることを学ぶのですが、そこには未熟な自分もいて、囚われた自分がそれに抵抗するのです。ですから、降りてきた発想は優れていることばかりなのですが、それを自らに囚われて受け取れない自分に苦しんでいる時代があったのです。31歳から33歳の2年ぐらいはとても辛い時代でした。当時は苦しくて、ひとりになると毎日泣いていましたね。泣くどころかもっとひどいときは、自分の頭を自分のこぶしで殴ることもありました。でも、それは頭が痛いだけで、何の解決にもなりませんでしたけどね(笑)。

当時、特に夜、仕事の帰りにひとりで車に乗っていると、車の中でしょっちゅう泣いていました。時間が遅くなればなるほど、道路を走る車の台数も少ないので、まわりを気にすることなく、いろいろと想いを巡らせていました。そうやって自らの想いを巡らせ、それに対して天から答えをいただくと、そこに抵抗する自分が出てきて辛くなるのです。それで車を走らせながら、「わーーーっ!!」と大声をあげながら、顔は涙でくちゃくちゃになることもありました。そういったときに赤信号で止まると、たまたま隣に止まる車もいるのです!僕がすごい顔をしているので、隣に止まった車に乗っている人は僕の顔を見て、「えっ?!何あれ!!」と驚いていることもたびたびありましたね(笑)。

そのような日々を送っている中で、ある日の午後、僕は県道春日井・岩倉線の延長に岩倉から一宮に抜ける道を東から西へ向かって走っていました。一宮に入って間もなく、名古屋から岐阜に向かう国道22号線(通称名岐バイパス)の交差点に差し掛かり、赤信号で止まったのです。正面右向こう角には名岐ボールがありました。そこへ差し掛かる少し手前から、僕は天に向かってその当時自分が抱えていた天に対する不満を投げかけていたのです。

「わたしはこの道をいただき、その道が尊くありがたいことであることを自覚しています。ですが、わたしはその道をいただき、未熟者ゆえ、今苦しんでおります。もし、あなたがわたしにその道を選ぶことを尋ねてくれていたのであれば、わたしにも選択肢があったはずです。しかし、あなたはわたしに何の投げかけもないままに、わたしはこのような道を与えられたのです。それにはすべて同意の心を持っているのですが、一方で自らの囚われに執着する自分がいて、毎日苦しんでいるのです。わたしがこのように辛い想いをしていることはおわかりになるでしょう?もし、最初にわたしに断ってくれれば、わたしにも選択肢はあったはずです。それなのに人を無視して!!何ということをするのですか!!」と不満を言っていました。(そのときちょうど、名岐バイパスの赤信号で止まりました。)

するとお釈迦様から一言、こう返ってきました。「ならばこの道、やめるか!」

それを聞いて、僕は次のような感情が湧いてきました。「何を言っているのですか!!この世界にこの尊き道を知らずして行かぬ者はたくさんおります。けれどもひとたびこの尊き道を知って、行かぬ者がおりましょうか。あなたは何を言っているのですか!!わたしが不満を言うからと言って、やめるということはないでしょう!わたしは絶対にこの道をやめません。どんなに辛くても、やめません!でも、わかってもらいたいのです。わたしは今、辛いのです!!」

よく考えてみたら、「それなら不満を言うな!」ということなのですが(笑)。しかし今、僕がそれを逆に与える側からの目線で観たら、「だからおまえ、超えられないものを超えればいいのだろう?おまえはそれをやめたくないのだろう?」ということなのです。「やめたくなくて、それを超えたいのだろう?」と問われれば、「はい」ということになります。そうしたら、「超えられないと言って苦しいのは誰のせいなのだ?」ということになりますね。みなさんも自分のことのように思いませんか?僕にもそういう時代があったのです。31歳から33歳の2年間はそのような時代でした。

みなさんは幸せですよ♪なぜなら自分のぐだぐだを聞いてくれる生の者がいるのですから。(いさどんは自分を指差しながら)これは生ですよ♪しかし、僕に降りてくるものは得体が知れないのです!これは悪魔かもしれませんよ。そういった不確かなものに対して、僕はこの道を歩んできたのです。「信じる」ことがどれほど難しいか。それが降りてきたときに、僕の中には疑う心があったのです。疑う心があっても、この道は絶対やめてはいけない――と思いながらこれまで歩んできました。

それは僕たちが富士山に移住してきたときも同じです。この意味のわからない生活を始めて、これがどうなるのかなんて、まったくわかりませんでした。どこの農家でも息子に農業を継がせたくない時代に、若い女の人が農業をやっているだけで、「畑に20歳の女の子がいるから変だ!」と言う人がいたり、世の中が核家族になっていく風潮の中で、「集団で暮らしているから変だ!」と言われることもありました。当時の日本は何でも既製品の時代でしたから、変わったことをやると変だという時代だったのです。しかし、僕たちはいくら変だと言われても、まったくわけがわからなくても、大切なのだという心だけでここまで歩んできたのです。それが「信ずる」ということです。

答えがこうだったらやってもいい、という考えは信じていることにはなりません。ある意味、僕は不幸でしたね。何しろ、自分の歩んでいる道に確信があるわけではないのですから。僕が30歳のときに黄金のブッダが現れたとき、なぜそのようなものが僕のところに来るのか、意味がわからない。尊いとは思うものの、自分にそれだけの価値があると思わないし、ではなぜ僕のところに来るのか。僕の通知表はすべて3だったのですよ(笑)♪死にたいくらい、とりえがなかったのです。それなのに、そのような尊いものが僕のところへ来たのです。しかし、尊いことを図れる秤はありません。そこにある、それだけで尊いのですから、理由はないのです。

僕はひたすらわからない道を歩んできました。わからないけれど、いつも大切だという心で歩んできました。そして歩んでいった結果、その答えがいつも用意されているのです。だから、答えは歩んでいった先にあるのです。とかく人は先に答えをもらってから歩もうとしますが、それでは信仰の境地に到達できません。まず先に、信じてから進まないといけないのです。

これは生の話です。オリジナルな話です。どこかの本に書いてある話ではありません。イエス様でもお釈迦様でも、このような聖人と呼ばれる人たちは皆、物語になってしまっているのです。しかし、僕は知っています。この人たちは怒りもしたし、悩みもしたし、苦しみながら生きていたことを。生の人間をやりながら歩んでいったことを。

だからどこかで僕は、それが前人未到の道であるならば、先を行く者の辛さがわかるのです。逆に言えば、それだけやりがいがあるのですよ♪それを大切だと思えば、誰もやっていなくても、後から来る者たちのために自らの人生を賭けることができます。そこでは、自分のための道はないのです。あるとしたら、自分の人生が終わったときに、やりきったという満足感が自分のための道だと思います。

 

スライド28

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by 木の花楽団